しかし、その残酷なまでの現実はといえば――。
恋愛感情でもなければ、微笑ましい幼馴染の風景でもない。完全なる、ガチガチの『護衛任務』である。
「違う違う! 莉子ちゃん、本当に誤解だから!」
新那は必死な顔で手を振り、親指で容赦なく背後のアールを指差した。
「一緒っていうか、私が家を出たら、アールが当然みたいな顔してずーーっと後ろをストーカーみたいに付いて来るだけなの!」
「補足します。ストーキング行為ではありません。お嬢の安全を担保するための、完全なる護衛任務です」
「ほらね、中二病の設定がまだ継続中なの!」
新那が肩を竦めて呆れてみせると、莉子は数秒間だけ「ごえいにんむ……?」ときょとんとした表情を浮かべていたが、すぐに「あはは!」と快活に笑った。
「そっか! 神条君の護衛、朝からバッチリ稼働中なんだね!」
あっさりと、実にあっさりと納得してくれた。本当に素直というか、人を疑うことを知らない、底抜けに良い子である。
「でもさ、なんだかんだ言いながら、やっぱり二人ってすっごく仲良しだよね」
「――絶対に違う」
「――明確に否定します」
息の根を止めるような、完璧にタイミングの一致した拒絶のハーモニー。
今度こそ、莉子は耐えかねたようにお腹を抱えて吹き出した。
「ふふっ、あはははは! ほら見て、息ぴったりじゃん!」
「だから偶然だってば! 莉子ちゃん笑いすぎ!」
「いいえ、お嬢との思考パターンの同調率は現在、極めて低い数値を――」
「アールは一回黙って!」
またしても重なる二人のセリフに、莉子は「ほらー!」と中庭に響くような声で楽しそうに笑う。
新那はこれ以上から揶揄われてはたまらないと、ぷいっと顔を背けた。なんだか言い負かされたような、妙な敗北感が悔しい。けれど、その頬はほんのりと赤く染まっていた。
そのまま、三人で賑やかに校門を潜る。
昨日は何処を見ても張り詰めた、見知らぬ景色でしかなかったはずの敷地。けれど、今日というに日目は、何だか世界の解像度が少しだけ上がっているように感じられた。
廊下ですれ違えば「あ、おはよう」と言い合える顔見知りがいる。
自分の隣を、楽しそうに笑いながら歩いてくれる友達がいる。
それだけで、ただの四角いコンクリートの箱でしかなかった学校という場所が、まるで生き生きとした舞台のように見え方が変わってくるから不思議だ。
「そういえば、今日からはいよいよ本格的に『授業』が始まるんだよね?」
昇降口へと向かう階段を上りながら、莉子が少しだけ憂鬱そうに呟いた。
「らしいね。教科書、初日から結構重かったし」
「うう、私、昨日の夜緊張してあんまり眠れなかったからさぁ……。一時間目の学年集会、寝落ちしないように頑張らなきゃ」
「ちょっと、まだ二日目の一時間目だよ? 早速寝る気なの?」
「えー? 高校生の集会なんて、校長先生の話の二倍は眠くなるって相場が決まってるでしょ?」
「そんな相場、聞いたことないよ」
他愛のない、何処にでもある普通の女子高生の会話。それを交わしながら、三人は上履きに履き替えて教室へと向かう。
校庭の向こうからは、運動部の朝練に励む生徒達の、威勢のいい掛け声が響いていた。
見上げる校舎の窓からは、すでに席について教科書を開いている生徒や、談笑しているクラスメイト達の姿が見える。
学校が、生きているように動いている。
新たな高校生活が、本格的に始まろうとしている。
その暖かな渦の中へ、今度は自分も迷わずに飛び込んでいく。そう思うだけで、新那の胸は昨日とは違う、純粋な期待感で小さく弾んでいた。
きっと、今日も色々なことが起きるだろう。
莉子と笑い合うような、楽しいことも。
アールのせいで、頭を抱えて困るようなことも。
そして、思いもよらないような、未知の予想外の出来事も。
――そして、胸の奥で弾けたその予感は、案の定、全く間違っていなかったということを、新那はこの数時間後に身を以て知ることになるのだった。
恋愛感情でもなければ、微笑ましい幼馴染の風景でもない。完全なる、ガチガチの『護衛任務』である。
「違う違う! 莉子ちゃん、本当に誤解だから!」
新那は必死な顔で手を振り、親指で容赦なく背後のアールを指差した。
「一緒っていうか、私が家を出たら、アールが当然みたいな顔してずーーっと後ろをストーカーみたいに付いて来るだけなの!」
「補足します。ストーキング行為ではありません。お嬢の安全を担保するための、完全なる護衛任務です」
「ほらね、中二病の設定がまだ継続中なの!」
新那が肩を竦めて呆れてみせると、莉子は数秒間だけ「ごえいにんむ……?」ときょとんとした表情を浮かべていたが、すぐに「あはは!」と快活に笑った。
「そっか! 神条君の護衛、朝からバッチリ稼働中なんだね!」
あっさりと、実にあっさりと納得してくれた。本当に素直というか、人を疑うことを知らない、底抜けに良い子である。
「でもさ、なんだかんだ言いながら、やっぱり二人ってすっごく仲良しだよね」
「――絶対に違う」
「――明確に否定します」
息の根を止めるような、完璧にタイミングの一致した拒絶のハーモニー。
今度こそ、莉子は耐えかねたようにお腹を抱えて吹き出した。
「ふふっ、あはははは! ほら見て、息ぴったりじゃん!」
「だから偶然だってば! 莉子ちゃん笑いすぎ!」
「いいえ、お嬢との思考パターンの同調率は現在、極めて低い数値を――」
「アールは一回黙って!」
またしても重なる二人のセリフに、莉子は「ほらー!」と中庭に響くような声で楽しそうに笑う。
新那はこれ以上から揶揄われてはたまらないと、ぷいっと顔を背けた。なんだか言い負かされたような、妙な敗北感が悔しい。けれど、その頬はほんのりと赤く染まっていた。
そのまま、三人で賑やかに校門を潜る。
昨日は何処を見ても張り詰めた、見知らぬ景色でしかなかったはずの敷地。けれど、今日というに日目は、何だか世界の解像度が少しだけ上がっているように感じられた。
廊下ですれ違えば「あ、おはよう」と言い合える顔見知りがいる。
自分の隣を、楽しそうに笑いながら歩いてくれる友達がいる。
それだけで、ただの四角いコンクリートの箱でしかなかった学校という場所が、まるで生き生きとした舞台のように見え方が変わってくるから不思議だ。
「そういえば、今日からはいよいよ本格的に『授業』が始まるんだよね?」
昇降口へと向かう階段を上りながら、莉子が少しだけ憂鬱そうに呟いた。
「らしいね。教科書、初日から結構重かったし」
「うう、私、昨日の夜緊張してあんまり眠れなかったからさぁ……。一時間目の学年集会、寝落ちしないように頑張らなきゃ」
「ちょっと、まだ二日目の一時間目だよ? 早速寝る気なの?」
「えー? 高校生の集会なんて、校長先生の話の二倍は眠くなるって相場が決まってるでしょ?」
「そんな相場、聞いたことないよ」
他愛のない、何処にでもある普通の女子高生の会話。それを交わしながら、三人は上履きに履き替えて教室へと向かう。
校庭の向こうからは、運動部の朝練に励む生徒達の、威勢のいい掛け声が響いていた。
見上げる校舎の窓からは、すでに席について教科書を開いている生徒や、談笑しているクラスメイト達の姿が見える。
学校が、生きているように動いている。
新たな高校生活が、本格的に始まろうとしている。
その暖かな渦の中へ、今度は自分も迷わずに飛び込んでいく。そう思うだけで、新那の胸は昨日とは違う、純粋な期待感で小さく弾んでいた。
きっと、今日も色々なことが起きるだろう。
莉子と笑い合うような、楽しいことも。
アールのせいで、頭を抱えて困るようなことも。
そして、思いもよらないような、未知の予想外の出来事も。
――そして、胸の奥で弾けたその予感は、案の定、全く間違っていなかったということを、新那はこの数時間後に身を以て知ることになるのだった。



