暖かな光に包まれた住宅街の道を、一歩一歩踏みしめるようにして歩く。
五月の爽やかな朝は、ただそこにいるだけで縮こまっていた気持ちを柔らかく解きほぐしてくれるようだった。
空は見事なまでの日本晴れで、何処までも青い。吹き抜ける風は穏やかで、すれ違う民家の庭先からは、名も知れない花の甘い香りが微かに漂ってくる。
通学路を進むにつれ、周囲には自分と同じデザインの真新しい制服を着た生徒達の姿が増えていった。
(……うん、昨日より少しだけ、ちゃんと高校生になれた気分かも)
昨日覚えたばかりの通学路を、自分の足で歩いている。その小さな事実だけで、ほんの少しだけ誇らしい気持ちが胸に湧いていた。
「……」
新那の背後からは、相変わらず一切の乱れもない、一定のテンポを刻む靴音がコツン、コツンと響いている。
すでに嫌というほど耳に馴染んでしまった足音だ。わざわざ振り返って確認するまでもない。
アールである。
いや、昨日の今日だ。学校の敷地内、あるいは誰の目が何処にあるか分からない外の世界では、彼の登録ネームである『神条 零』と呼ぶべきなのだろう。最も、当の機械人形本人は、自分の識別信号がどちらで呼ばれようが、一ミリも気にしていない様子だったけれど。
新那は前を向いたまま、小さく、誰にも気づかれないほどの音量で溜息を吐いた。
が、その僅かな呼気の変化を、背後の超高性能センサーが見逃すはずもなかった。
「――お嬢。どうかしましたか。バイタルに微小な乱れを検知」
「……どうもしないよ」
「否定。肺胞からの急速な呼気排出を視覚、および聴覚データとして記録しました。呼吸サイクルに自律神経系の変化が確認されています」
「だから、ただの溜息だってば」
「精神的ストレス、あるいは慢性的な疲労蓄積の可能性があります。ストレス源の特定を推奨」
「……じゃあ訊くけど、その原因、アールに分かる?」
「――演算中。……該当する外因の特定に失敗しました」
「だろうね」
朝から相変わらずのディスコミュニケーションである。もうこれに関しては、怒るだけ体力の無駄だ。慣れるしかない、と新那は半ば諦めの境地で歩みを進めた。
そんなことを考えている内に、前方に見慣れた、けれどまだ初々しい輝きを放つ高校の校門が見えてきた。
同時に、耳を突き抜けるような、とびきり元気な声が新那の鼓膜へと飛び込んできた。
「あーーっ! 新那ちゃーーん!」
驚いて視線を向けると、校門のすぐ脇で、千切れんばかりに大きく両手を振っている少女の姿があった。
犬丸莉子だ。彼女は朝の太陽をそのまま形にしたような、眩しい笑顔を浮かべている。本当に、朝からどうしてそこまでテンションを上げられるのか不思議なほどに元気だった。
新那の口元に、自然と本物の笑みが浮かぶ。つられて小さく手を振り返した。
「莉子ちゃん、おはよ!」
「おはよう新那ちゃん!」
莉子は小走りでこちらへと駆け寄ってくる。
そして、新那のすぐ隣に並び立ち、それから……新那の一歩後ろに、相変わらずの直立不動で佇んでいるアールの姿を、くりくりとした瞳で見つめた。
「あれれ?」
莉子は不思議そうに首を傾げ、人懐っこい笑みを浮かべる。
「二人は一緒に登校してるんだね」
悪意も邪気も一ミクロンすら含まれていない、純粋無垢な疑問。だからこそ、新那の胸にその言葉は深く、鋭く突き刺さった。
新那は一瞬だけ、引き攣った笑みのまま言葉に詰まってしまう。
普通の女子高生における「男の子と朝一緒に登校する」というイベント。それが意味する、甘酸っぱい青春のシチュエーション。
周囲から見れば、自分達はそんな風に見えているのかもしれない。
五月の爽やかな朝は、ただそこにいるだけで縮こまっていた気持ちを柔らかく解きほぐしてくれるようだった。
空は見事なまでの日本晴れで、何処までも青い。吹き抜ける風は穏やかで、すれ違う民家の庭先からは、名も知れない花の甘い香りが微かに漂ってくる。
通学路を進むにつれ、周囲には自分と同じデザインの真新しい制服を着た生徒達の姿が増えていった。
(……うん、昨日より少しだけ、ちゃんと高校生になれた気分かも)
昨日覚えたばかりの通学路を、自分の足で歩いている。その小さな事実だけで、ほんの少しだけ誇らしい気持ちが胸に湧いていた。
「……」
新那の背後からは、相変わらず一切の乱れもない、一定のテンポを刻む靴音がコツン、コツンと響いている。
すでに嫌というほど耳に馴染んでしまった足音だ。わざわざ振り返って確認するまでもない。
アールである。
いや、昨日の今日だ。学校の敷地内、あるいは誰の目が何処にあるか分からない外の世界では、彼の登録ネームである『神条 零』と呼ぶべきなのだろう。最も、当の機械人形本人は、自分の識別信号がどちらで呼ばれようが、一ミリも気にしていない様子だったけれど。
新那は前を向いたまま、小さく、誰にも気づかれないほどの音量で溜息を吐いた。
が、その僅かな呼気の変化を、背後の超高性能センサーが見逃すはずもなかった。
「――お嬢。どうかしましたか。バイタルに微小な乱れを検知」
「……どうもしないよ」
「否定。肺胞からの急速な呼気排出を視覚、および聴覚データとして記録しました。呼吸サイクルに自律神経系の変化が確認されています」
「だから、ただの溜息だってば」
「精神的ストレス、あるいは慢性的な疲労蓄積の可能性があります。ストレス源の特定を推奨」
「……じゃあ訊くけど、その原因、アールに分かる?」
「――演算中。……該当する外因の特定に失敗しました」
「だろうね」
朝から相変わらずのディスコミュニケーションである。もうこれに関しては、怒るだけ体力の無駄だ。慣れるしかない、と新那は半ば諦めの境地で歩みを進めた。
そんなことを考えている内に、前方に見慣れた、けれどまだ初々しい輝きを放つ高校の校門が見えてきた。
同時に、耳を突き抜けるような、とびきり元気な声が新那の鼓膜へと飛び込んできた。
「あーーっ! 新那ちゃーーん!」
驚いて視線を向けると、校門のすぐ脇で、千切れんばかりに大きく両手を振っている少女の姿があった。
犬丸莉子だ。彼女は朝の太陽をそのまま形にしたような、眩しい笑顔を浮かべている。本当に、朝からどうしてそこまでテンションを上げられるのか不思議なほどに元気だった。
新那の口元に、自然と本物の笑みが浮かぶ。つられて小さく手を振り返した。
「莉子ちゃん、おはよ!」
「おはよう新那ちゃん!」
莉子は小走りでこちらへと駆け寄ってくる。
そして、新那のすぐ隣に並び立ち、それから……新那の一歩後ろに、相変わらずの直立不動で佇んでいるアールの姿を、くりくりとした瞳で見つめた。
「あれれ?」
莉子は不思議そうに首を傾げ、人懐っこい笑みを浮かべる。
「二人は一緒に登校してるんだね」
悪意も邪気も一ミクロンすら含まれていない、純粋無垢な疑問。だからこそ、新那の胸にその言葉は深く、鋭く突き刺さった。
新那は一瞬だけ、引き攣った笑みのまま言葉に詰まってしまう。
普通の女子高生における「男の子と朝一緒に登校する」というイベント。それが意味する、甘酸っぱい青春のシチュエーション。
周囲から見れば、自分達はそんな風に見えているのかもしれない。



