箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 残された会場には、静まり返っていたはずの空間を埋め尽くすほどの、猛烈なざわめきが残されていた。

「ねえ、今の見た……?」
「一瞬でそこまで行ったよね……?」
「かっこよすぎなんだけど。何あの反射神経、運動神経やばくない?」

 ひそひそ、ひそひそ。あちこちから突き刺さるような視線と興奮の声が聞こえる。
 だが、その嵐の中心にいる当の本人はといえば。

 カツン、カツン。

 何事もなかったかのように、制服の埃をパッパと払って新那の隣へと戻ってきた。
 ガタッ、と椅子を引き、当然のように腰を下ろす。そして何食わぬ顔で背筋を伸ばし、再び壇上へと視線を戻した。
 ミッション、完了。彼の態度からは、そんな無機質なログだけが読み取れた。

「……」

 新那は、開いた口が塞がらないまま、その完璧すぎる横顔を見つめ続けた。
 アールは無表情だった。人を助けたことに対する誇らしげな満足感も、倒れたクラスメイトを気遣うような優しさの残滓も、そこには微塵もない。ただ、エラーログを処理し終えた優秀なシステムそのものの冷たさだった。

「――お嬢。当機の顔面に、何か視覚的な異常が残存していますか」

 刺さるような視線に気づいたのだろう。アールが正面を向いたまま、声の角度だけを新那へと向けて尋ねてきた。

「え?  あ……ううん、別に、何でもないけど」
「そうですか。では、前方注視を継続します」

 会話、終了。彼は再び、瞬きを忘れた機械の瞳で壇上を睨み据えた。本当にそれだけだった。
 まるで、今の一連の救出劇が、彼にとっては「机の上の消しゴムを拾う」ことと同義であると言わんばかりに。
 壇上では、少し動揺した様子の校長先生がコホンと咳払いをし、お話を再開させている。
 体育館を支配していたざわめきも、時間の経過と共に少しずつ収まっていった。
 けれど、新那だけは、もう壇上の話なんて一言も頭に入ってこなかった。どうしても、隣に座る少年の横顔を、ちらちらと盗み見てしまう。
 確かに彼は助けた。間違いなく、一人の女の子を窮地から救い出した。
 でも、それは彼が「優しい人間」だからじゃない。困っている人を見捨てられないという「心」があるからじゃない。
 きっと、パパが組み込んだ防衛プログラムの中に、『周囲の人命に関わる緊急事態への介入』という冷たい規約(コード)が含まれていただけだ。
 それなのに、倒れゆく女子生徒の身体を、誰よりも速く、誰よりも優しく支え止めたあの刹那の瞬間だけは。
 ほんの少しだけ――本当に、映画に出てくる王子様みたいな、頼もしい「人間」に見えた気がした。

(……って、ロボット相手に私、何を考えてるんだろ)

 新那は小さく頭を振って、熱くなりかけた頬をごまかすように前を向く。
 始まりの鐘が鳴る入学式。
 冷徹な機械(アール)の隣で、新那の胸の奥の鼓動だけが、さっきから妙にうるさく暴れ続けていた。