いよいよ、文化祭の当日。
体育館の客席を埋め尽くす生徒たちのざわめきが、開演のブザーと共にゆっくりと静まっていく。熱気と緊張感が入り混じった特有の空気が、重く空間に満ちていた。
薄暗い舞台袖では、一年B組の生徒達が固倦を呑んで幕の向こうを見つめていた。衣装の乱れを直す者、直前まで台本を確認する者。誰もが胸の高鳴りを抑えきれずにいる。
演出担当の相楽が全員を見渡し、小さく力強く頷いた。
「皆」
深く息を吸い、全員の目を見る。
「……最高の舞台にしよう!」
『おーっ!』
周囲に響かないよう小さく、それでも全員の魂が乗った力強い声が重なった。
小道具担当の橋本は祈るように胸の前で手を合わせ、莉子は緊張で硬くなっている新那の背中をぽんと頼もしく叩いた。
「行ってこーっい、私達のお姫様」
新那は張り詰めた心をほどくように笑う。
「うん、行ってくる!」
その隣には、純白の王子衣装に身を包んだ零が静かに立っていた。仕立ての良い上着と銀色のマントが、彼の端正な容姿をより一層際立たせている。
ふと、二人の視線が重なった。新那の微かな震えを察したのか、零はいつもよりずっと柔らかく、優しく微笑む。
「零……」
「大丈夫だ、お嬢」
彼はそっと声を落とした。
「俺の隣には、世界で一番美しいお嬢がいる。何も恐れることはない」
その真っ直ぐな言葉に、新那の胸の奥へ暖かい灯が点る。自然と、最高の笑顔が作れた。
「うん。私だって、零が隣にいれば無敵だよ」
舞台袖のスピーカーから、次の出番を告げる声が響いた。
「一年B組、準備!」
バチッと音を立てて照明が完全に落ちる。場内が深い暗闇に包まれ、観客の息を呑む気配が伝わってきた。
そして、静寂を破るように影アナウンスの声が全校生徒に響き渡った。
『――次の演目は、一年B組による――』
一拍の間。客席中の期待が最高潮に達する。
『『機械仕掛けの王子と月の姫』です』
割れんばかりの大きな拍手が湧き起こり、同時にゆっくりと幕が上がっていく。
舞台上に現れたのは、皆で放課後遅くまで色を塗った、何処か幻想的な城のセット。青白い月光を模した照明が、ドラマチックに舞台を照らし出す。
その中央には、一人の王子。
銀色のマントを微かに揺らしながら、零が微動だにせず佇んでいた。その絵画のように完成された立ち姿に、客席の前列から小さな、けれど確実などよめきが伝播していく。
「うそ、神条君めちゃくちゃカッコいい……」
「本物の王子様じゃん……」
けれど、そんな称賛の声も、今の零の耳には一切届いていなかった。彼の瞳が見つめているのは、世界中でただ一人。
舞台袖の暗闇から、ゆっくりと光の中へ歩いてくる一人の少女だけだった。



