箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 けたたましく研究室に鳴り響く警報。
 狂ったように激しく明滅する赤い回転灯が、冷徹だった白い部屋全体を、まるで血のような深紅へと染め上げている。
 孝允は微動だにせず、静かに、氷のような眼差しで娘と零を見据えていた。その背後に控える武装警備員達は、いつでも飛び出せるよう電磁警棒を握り締め、緊張した面持ちで立っている。

「新那」

 孝允が、一切の揺らぎのない低い声で静かに口を開く。

「そこを離れなさい」
「嫌っ!」

 それは、寸前の迷いもない頑なな拒絶だった。新那は零の服の袖を、引き千切らんばかりの力でぎゅっと掴み寄せる。

「私は零と一緒に帰る!」
「それは認められない。その個体は神条グループの資産だ」
「どうして!?」

 新那は張り裂けんばかりの声で叫んだ。

「零は物なんかじゃないし、壊れた機械なんかじゃない!  ちゃんと心があるの!  私と一緒にいる時、笑うし、怒るし、不器用だけど拗ねるし、いつだって私のことを誰より心配してくれる……っ!」

 溢れ出す涙が、赤い光を反射してキラキラと床に散らばっていく。

「なのにどうして……!  パパにはそれが見えないの!?」

 対照的に、孝允の声音は何処までも静かだった。

「――だからだ」

 冷酷な事実を告げるように、短く、淡々と言い放つ。

「神条零は兵器だ。お前を守るためだけに作られた、絶対的な防壁」
「違う……」
「兵器に感情は不要だ。それは判断を鈍らせる最大のバグであり、致命的な欠陥に過ぎない」
「違うっ」
「命令だけを正確に、冷徹に遂行する存在でなければならないのだ」
「違うって言ってるでしょ、そんなの……!」

 激昂する新那の言葉を、孝允は冷たく遮った。彼は、組んでいた腕をゆっくりと解く。

「……R-01を確保しろ。娘に怪我はさせるな」

 その非情な命令が下された瞬間、背後にいた数人の男たちが一斉に前へ踏み出し、猛然と駆け出した。
 新那の身体が、恐怖で一瞬にして強張る。
 しかし、ガツン、と重い金属音を響かせて、一歩。
 零が、当たり前のように新那の前に躍り出た。
 新那の小さな身体を、己の広い背中の後ろへと完全に隠す。その背中は、どんな絶望からも彼女を守り抜くと言わんばかりに、大きく、そして頼もしかった。

「零……」

 彼は振り返らない。ただ、襲いかかる男達だけを真っ直ぐに見据えている。
 警備員達の手が届く、その限界の刹那――零の瞳が一瞬、強く、淡く発光した。
 長い間、新那の前では完全に封印していた『戦闘補助システム』が強制起動する。
 次の瞬間には、一人目の警備員が振り下ろした警棒の軌道を最小限の動きで見切り、その腕を受け流して鮮やかに床へと転がしていた。
 続いて二人目、三人目。
 それは破壊を目的とした暴力的突撃ではない。まるで流れる水のような、極限まで無駄を削ぎ落とした美しく圧倒的な演武。
 誰一人として傷つけることなく、関節を取り、重心を奪い、全ての動きを無力化していく。
 新那は背中の後ろで、呆然と息を呑んだ。
 これが、神条零という最高峰のアンドロイドが持つ、本来の力。
 それでも彼は、一度たりとも自分から攻撃には転じない。拳を固く握り締めることもない。誰かを破壊するためではなく、ただ後ろにいる、たった一人の大切な少女を守り抜くためだけに、その強大すぎる力を使っていた。
 やがて、最後の一人が床へ崩れ落ち、膝をつく。
 耳を刺す警報音だけが響く中、格闘の衝撃でジャラリと手首の鎖を鳴らしながら、零はゆっくりと新那の方を振り返った。
 そして――ふっと、静かに、優しく微笑む。
 その笑顔は、かつて彼のデータベース(初期プログラム)には、逆立ちしても存在し得なかった、本物の人間の表情だった。

「お嬢」

 零は少し照れ臭そうに、けれど絶対に揺らがない強い眼差しで続けた。

「俺が、何があっても絶対に護ってやる。だから――」

 愛おしいものを見る、この世界で一番優しい目で、新那を見つめる。

「お嬢は黙って、俺に護られてろ」

 その、出会ったあの日と同じぶっきらぼうな一言に、新那はもう涙を止めることができなくなった。