箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 そして、その赤く濡れた瞳の奥に、ガラスをも溶かすほどの強固な決意を宿して、冷徹な隔壁を見据える。

「ごめんね、零。でも……私は絶対に、諦めないから!」

 新那はありったけの力を込め、勢いよく頭上へ植木鉢を振りかぶった。

「お嬢、いけない――!」

 ――ガァンッ!!

 研究室中に、鼓膜をぶち破らんばかりの凄まじい轟音が響き渡った。
 衝撃の硬い音と共に、分厚い強化ガラスの表面に、目も眩むような蜘蛛の巣状の白い亀裂が一瞬で走り出す。

「はあぁぁっ!」

 新那は怯まない。もう一度、割れた植木鉢の破片を渾身の力で叩きつける。

 ――ガシャァァァンッ!!

 甲高い破砕音。
 世界を隔てていた透明な壁が、派手に崩落するように砕け散り、無数のきらめく破片となって、激しい音を立てて床へ降り注いだ。
 しんと静まり返っていた地下研究施設に、一転して、耳を刺すようなけたたましい警報音が鳴り響く。

『警告。第一隔離区画の物理的損傷を確認。セキュリティコード・レッド。警告――』

 赤い警告灯が室内の白を真っ赤に染め上げ、激しく明滅を繰り返す。
 新那は降り注ぐガラスの破片も、警報の嵐も恐れることなく、迷わずその境界線の向こうへと駆け込んだ。
 鎖に繋がれた零の、すぐ目の前で立ち止まる。
 そして、ボロボロに傷付き、赤く腫れ上がった右手を、彼へ向かって真っ直ぐに差し出した。
 ボロボロの涙で濡れた、けれど世界で一番綺麗な笑顔のままで。

「帰ろう!」

 さらに一歩、物理的な距離をゼロにするように踏み込んで。

「私達の家に、帰ろう、零!」

 零はその白く小さな手を、息を呑んで見つめた。
 この手を取れば、もう後戻りはできない。
 神条グループの最高機密である護衛アンドロイドとしても、父親の所有物としても、完全に終わりを迎える。ただの欠陥品として、いつかスクラップにされるかもしれない。
 それでも、彼の心は、寸分の迷いすら生じさせなかった。

「……はい、お嬢」

 ゆっくりと、自らの意思で右手を伸ばす。
 二人の指先が、今度こそ本物の体温を持って触れ合おうとした、その瞬間――。

「そこまでだ」

 低く、地底の底から響くような威厳に満ちた声が、騒がしい警報音を圧して研究室中へ響き渡った。
 二人は同時に、ハッとして背後を振り返る。
 強制開放された重厚な自動扉の向こう。
 電磁警棒を構えた数人の武装警備員を左右に従え、冷酷な眼差しを宿した神条孝允が、静かに二人を見据えて立っていた。