箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 数ヶ月前の、ただの『道具』だった自分なら。

《護衛対象の精神状態に著しい不安定化を確認。鎮静措置を推奨します》

 そう無機質に報告して、システムをシャットダウンして終わっていただろう。
 でも、今は違う。
 彼女がどうしてこんなに泣いているのか、その理由を今の自分は痛いほど知っている。
 お嬢様という立場を投げ打ってまで、この暗い地底の底まで自分を追いかけてきてくれた理由も分かっている。
 そして何より――自分の存在のせいで、大好きな彼女をこれ以上ないほどに傷つけ、泣かせているこの現実が、壊れてしまいそうなほどに耐え難かった。

「……泣かないでくれ」

 その一言は、プログラムされた命令でも、状況の分析でもなかった。
 ただ、彼女の涙を止めたいと心の底から願う、一人の少年として零れ落ちた切実な祈りだった。
 新那はもう声を押し殺すこともできず、激しい嗚咽を漏らす。

「泣くよ……っ!  泣くに決まってるじゃん! 零が……零が急にいなくなるから……っ!」

 もう言葉にならない。胸が詰まって、涙だけがとめどなく溢れてくる。

「私……!」

 新那はガラスに額を預け、崩れ落ちそうになる身体を必死に支えた。

「零がいない毎日なんて、もう絶対に嫌……! 朝、いつもの声で起こしてくれなくて、一緒に並んで学校へ行けなくて。くだらないことで言い合いもできなくて……! そんなの……っ!」

 制服の肩が、小さく激しく震える。

「そんなの……もう私の中で、当たり前になっちゃってたんだよ……!」

 零はそっと目を閉じた。
 当たり前。
 その、人間にとって何よりも尊い言葉だけで、彼の電子の胸はいっぱいになる。
 自分はただの機能的な護衛ではなく、使い捨ての道具でもなく。彼女の人生の一部として、あの温かい日常に溶け込むことができていたのだと。
 その時だった。
 新那の彷徨っていた視線が、ふと冷たいコンクリートの床へと落ちる。
 研究室の隅の機材棚――その隙間に、かつて何かの実験用植物でも植えられていたのだろうか、中身の空っぽな、白い陶器製の大きな植木鉢が割れずに転がっていた。
 新那はゆっくりと、取り憑かれたような足取りでそれを拾い上げる。重たい陶器の感触が、手に伝わる。
 ガラスの向こうで、零の蒼い瞳が大きく見開かれた。

「お嬢……?  何を――」

 新那は手の甲で手荒に涙を拭った。