「零……!」
新那はガラスへ駆け寄ると、遮るその透明な壁へ両手を激しく叩きつけた。
――ドンッ!
鈍く重い音が、冷え切った研究室の空気を震わせる。
「お願い」
もう一度、全体重を掛けるようにして。
――ドンッ!
「開いてよっ」
どれだけ必死に叩いても、強固な防弾仕様の強化ガラスは微動だにしない。ただ、新那の細い手のひらだけが、叩きつけられるたびに痛々しく赤く染まっていく。
「帰ろうよ……!」
涙で視界はぐしゃぐしゃに滲み、頬を伝って顎から落ちた雫が、ガラスの表面を静かに滑り落ちていく。
「皆待ってるんだよ!」
数日後に迫った文化祭。
莉子。相楽。橋本。
皆で苦労して合わせた劇の、王子役。
つい昨日まで自分達の真ん中にあった、眩しくて当たり前だった日常の光景が、新那の頭の中を濁流のように駆け巡る。
「お願いだから……っ!」
――ドンッ!
――ドンッ!
――ドンッ!
「お嬢」
遮断されていたはずのスピーカーの向こうから、静かな声が聞こえた。
零だった。
彼は手首の拘束具から伸びる重い金属の鎖をジャラジャラと引き摺りながらながら、ゆっくりと立ち上がった。そして、ガラス越しに新那のすぐ目の前まで歩いてくる。
出力が制限されているのか、その足取りはいつもの軽やかさが嘘のように重い。けれど、その瞳だけは、濁りのない真っ直ぐな光を宿して新那を見つめていた。
「もういい。やめるんだ」
「よくない!」
新那は狂おしいほどの叫び声をあげる。
「全然よくないよ……!」
拳を振り上げ、ボロボロの手でまたガラスを叩こうとした、その時。
ガラスの向こうから、零がそっと自分の掌を重ねてきた。
もちろん、物理的に触れ合うことはできない。冷たい透明な壁が、残酷に二人を隔てている。
それでも、彼はまるで「これ以上痛い思いをしないでくれ」と切に伝えるように、ぴったりと手を合わせていた。
「手が……」
零は新那の赤く腫れ上がり、微かに血の滲み始めた拳を見つめ、痛ましそうに小さく眉を寄せた。
「それ以上叩けば、お嬢の手が傷付く」
「傷付いたっていい!」
新那は涙を激しく飛び散らせながら首を振る。
「零がこんな冷たい所に一人でいる方が、何百倍も嫌なの……っ!」
零は言葉を失った。
胸の最深部、コアの周辺が焼き切れるように熱い。苦しい。
いかなる演算ロジックを以てしても説明のつかない、未定義のエラー感情が回路の底から絶え間なく込み上げてくる。



