箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 重厚な鉄製の扉が、小さな電子音と共にゆっくりと左右へ滑り出した。

 ――ウィィン。

 新那は思わず息を呑んだ。
 階段の先へと続いているのは、何処までも続く白い通路。天井の蛍光灯だけが一定の間隔で冷たく灯り、壁も床も天井も、全てが無機質な白一色で統一されている。人の生活の温もりなど、一欠片も感じられない場所だった。

「……ここが」

 零のいた場所。零が生まれた、はじまりの場所。
 新那は無意識の内に、制服のポケットの中で拳を強く握り締めていた。
 静かすぎる。自分のローファーが床を叩く足音だけが、コツ、コツ、と不気味なほど廊下へ反響した。

「零……」

 声に出して呼んでみても、やはり返事はない。ただ、何処か建物の深部から地響きのような低い機械の駆動音だけが、絶え間なく鳴り続けている。
 廊下の両脇には、味気ない番号だけが刻まれた無数の部屋が並んでいた。強化ガラス越しに見える広大な研究室。見たこともない巨大な精密機械。モニターの黒い画面を高速で流れ続ける、意味を持たない英数字の羅列。
 すれ違う白衣姿の研究員達が、新那の姿を認めるたびに一様に驚いた表情を浮かべ、足を止めて小声で囁き合い始めた。

「……社長のお嬢様か?」
「どうしてここに……本社のセキュリティを突破したのか?」
「止めなくていいのか?  しかし……」

 ひそひそとした警戒の混じる声が耳に入る。けれど、新那は一度だって視線を向けず、歩みを止めなかった。
 零を見つける。その狂おしいほどの思いだけが、彼女の足を前へと動かしていた。
 角を曲がる。また同じような白い廊下。さらに奥へ進む。延々と続く迷宮のような景色に、胸の奥で焦りが黒く募っていく。

「何処にいるの……」

 こんなに広くて冷たい世界だなんて知らなかった。彼らはいつも、この場所で何を考えていたのだろう。そして零は、この光の届かない場所で、どんな孤独な日々を過ごしてきたのだろう。
 考えれば考えるほど、息が詰まるように胸が締め付けられる。
 その時だった。
 長い通路の突き当たりに、一枚だけ、明らかに他とは威容の異なる重厚な扉が目に入った。
 鈍い光沢を放つ黒い金属製の自動扉。その脇には、不合格を示すように赤く点灯する強固な生体認証装置が設置されている。
 そして扉の横の白壁には、一枚の小さなプレートが掲げられていた。

《第一開発室》

 新那の心臓が、ドクンと大きく跳ね上がる。

「……ここだ」

 論理的な理由なんて何一つない。でも、零はこの扉のすぐ向こうにいる――そんな確信にも似た熱い感覚が、新那の全身を支配した。
 新那は吸い寄せられるように、ゆっくりと扉へ歩み寄る。
 センサーの範囲に入ったその瞬間、ピピッ、と甲高い電子音が無情に鳴り響いた。
 扉の上部に設置されたインジケーターが、禍々しい赤色に点滅する。

《認証エラー:アクセス権限がありません》

 合成された無機質な音声が、静かな通路に容赦なく響き渡る。

『警告。関係者以外の立ち入りは禁止されています。速やかに退去してください』

 新那は悔しさに奥歯を噛み締めた。
 あと一歩なのに。この壁のすぐ向こうに、会いたい人がいるはずなのに。
 機械の冷徹な拒絶が、二人の距離を無慈悲に隔てていた。