箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 視聴覚室の重い防音扉を閉めると、校舎の喧騒は一瞬で消え去った。
 薄暗い室内には、文化祭実行委員の主要メンバーや、演劇班の生徒達が数人、神妙な面持ちで集まっている。
 その中央で、腕を固く組み、スクリーンを見つめたまま立ち尽くす相楽修司の姿があった。いつもの劇の練習で見せるような、あのやかましい熱血漢の雰囲気は微塵もない。今の彼は、張り詰めた重苦しい空気を全身から放っていた。

「来てくれたか」
 
 相楽は新那の姿を認めると、ゆっくりと腕を解き、静かに口を開いた。

「話って……何、相楽君」

 新那が恐る恐る尋ねると、相楽は視線を泳がせ、少しだけ悔しそうに目を伏せた。

「……神条零が、今日も来なかった」
「うん」
「担任にも直接確認したんだ。あいつの親から正式な連絡はあったのかって」

 相楽は一呼吸置き、苦渋を滲ませた声で続ける。

「理由は『家庭の事情による長期欠席』。それ以上は学校側にも一切明かされていないそうだ」

 その言葉に、新那は胸を突かれ、きつく唇を噛んだ。
 やっぱりそうだ。父親は学校に対して、本当の理由――零の護衛任務を強制終了させ、屋敷から排除したことなんて一言も伝えていない。ただの『都合』として片付けている。

「文化祭本番まで、あと三日しかない」

 相楽は静まり返る室内を見回した。

「不測の事態だけど、俺達はもう、このまま神条零が戻らなかった場合の最悪のケースを考えなきゃいけない段階にきている」

 誰も口を開かない。誰もが、零のあの圧倒的な存在感を思い出し、代わりなどいないと知っているからだ。重たい沈黙が、冷たく足元から這い上がってくる。
 そして相楽は、すべてを背負うような覚悟で深く息を吸った。

「……王子役は、俺がやる」

 その一言で、部屋の空気が完全に凍りついた。

「もちろん急造の代役になるし、台詞を頭に叩き込むだけで精一杯だ。演技だって、あいつほど様にはならないかもしれない。でも、ここで劇そのものを中止にするのだけは……絶対に嫌だ」

 それは、何処までも相楽らしい、不器用で真っ直ぐな言葉だった。
 文化祭のために。今日までクラス全員が放課後を削り、泥臭く積み重ねてきた努力を何一つ無駄にはしたくない。劇のクオリティが下がろうとも、皆の舞台を守りたい。彼のその一心が、痛いほど伝わってきた。

「だから、俺に任せて――」
「駄目」

 遮ったのは、静かな、けれど地を這うような強い声だった。
 あまりの拒絶の響きに、相楽がハッと顔を上げる。

「神条……?」
「駄目だよ、相楽君」

 新那はゆっくりと、頑なに首を振った。

「相楽君が悪いなんて、これっぽっちも思ってない。むしろ、監督としてその判断が一番正しくて、当たり前だって分かってる」

 文化祭まで、あと三日。時間なんて残されていない。現実的に考えれば、今すぐ代役を立てて泥縄で合わせるしかない。頭では、痛いほど理解している。