箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 夕焼けに染まる誰もいない教室で見せた、あの不器用で優しい笑顔が、どうしても頭から離れない。あれが全部、ただの演技だったというのだろうか。突然いなくなるなんて、どうしても信じられなかった。

「遅れてくるーとか、後になって連絡とかないの?」

 莉子の何気ない質問に、新那は苦し紛れの笑みを浮かべるしかない。

「あはは……零、スマホ持ってないんだよね」
「えぇっ!  マジで!?」

 莉子が漫画のように目を丸くして身を乗り出す。

「この令和の時代に!?  今どきスマホなし生活!?」
「うん。ちょっと……そういう、厳しい(ルール)だから」

 苦しい言い訳だった。本当の理由――彼が人間ではなく、脳内に内蔵された通信システムで父親と直接繋がっているアンドロイドだから携帯電話なんて必要ないのだ、なんて、口が裂けても言えるはずがない。

「そっかぁ……」

 莉子は少しだけ寂しそうな顔をして、自分の弁当箱を見つめた。

「連絡つかないのは不便だね。文化祭まであと少しだし、皆心配してるよ」
「うん……」

 王子役。彼が舞台に立たなければ、劇そのものが成立しない。今頃、演出担当の相楽だって、小道具の橋本だって頭を抱えて困っているはずだ。
 けれど、新那が一番胸を痛めているのは、劇のことなんかではなかった。

(今、何処で何をしてるの……零)

 誰もいない後ろの空席に向かって、胸の中でいくら問い掛けても、冷たい静寂が返ってくるだけだった。その時だった。

「神条さん」

 不意に、少し硬い声で名前を呼ばれ、新那はハッと顔を上げた。
 教室の入り口を見ると、そこに橋本伊織が立っていた。いつもならクラスの男子を宥めるような穏やかな笑顔を浮かべている彼女が、今は何処か強張った、深刻そうな表情をしている。

「……橋本さん?  どうしたの?」
「相楽君が、大道具の準備室で待ってるの。神条さんに来てほしいって」
「私を?」
「うん。文化祭の、劇のことで……大事な話があるんだって」

 新那は隣の莉子と、無言のまま顔を見合わせた。
 心臓が、嫌な音を立てて波打つ。冷たい汗が背中を伝っていく。
 零が、いない。
 その、目を背け続けていた残酷な現実の答え合わせを、今から突き付けられるような気がしてならなかった。