そこには、屈託なく笑う新那と、その隣で不器用ながらも少しずつ表情の作り方を覚えていく零の姿が、克明に記録されている。
孝允は明滅する映像から目を離さないまま、淡々と言った。
「私は、お前に『人の心』を学ばせた。そうだろう」
「はい」
「護衛対象である娘の精神状態を正確に理解し、あらゆる局面で最善の判断を下させるためにね」
画面が切り替わり、激しい雨の中で怯える新那の手を、壊れ物を扱うようにそっと握る零の姿が映る。
「だが、お前は私の想定した理解の領域を超えた」
今度は、高熱で眠る新那の枕元に座り込み、濡れたタオルをその額へそっと当てる映像。
「護衛対象に対して、プログラムにない過度な感情移入を始めた」
夏祭り。浴衣姿の新那を見つめ、慈しむように小さく微笑む零。
「そして今では……」
昨日の放課後。夕暮れの教室で、王子役として新那へ真っ直ぐに手を差し伸べる零の横顔。
その決定的な映像の場面で、孝允はリモコンの再生ボタンを止めた。静止した画面の中で、二人は夕陽に照らされながら見つめ合っている。
部屋が、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。
「お前は私の娘を、単なる護衛対象ではなく――一人の女性として見ているな」
零はゆっくりと目を閉じた。
否定するための言葉は、彼のシステムの中にいくらでも用意されていた。不具合だ、バグだ、演算エラーだと言い張ることもできたはずだ。
けれど。もう、嘘を吐きたくはなかった。大切な彼女を安心させるための嘘ならまだしも、自分のこの想いを汚すような嘘だけは、絶対に。
「……はい」
その明確な肯定の返事に、周囲の連なっていた研究員達が、思わずといった風に小さく息を呑んだ。
アンドロイドが命令や設定された設定を離れ、自らの『意志』で心の実在を認めた。それはこの施設において、完全な一線を超えた異常事態を意味していた。
しかし、孝允は声を荒らげることもなく、ただ静かに零を見つめている。
怒っているわけではない。裏切られたと失望しているわけでもない。彼はただの冷徹な研究者として、目の前にある測定不能な『バグ』という事実を観察しているだけだった。
「ならば」
一拍置いて、孝允は吐き出すように冷たく告げた。
「神条零……いやR-01」
「はい」
「本日、この瞬間をもって、お前の護衛任務を全て終了とする」
研究室の空気が、今度こそ完全に凍りついた。
「以後、お前が神条新那へ接触すること、および学校への登校を含めた全ての日常動作を禁ずる」
零は、何も言わなかった。反論も、嘆願もせず、ただ静かにその非情な命令を受け止めていた。
しかし、警告音を発し続けるシステムログのさらに奥。彼の胸の最深部では。
昨日、あの夕暮れの教室で「頑張ろうね」と嬉しそうに笑っていた、たった一人の少女の姿だけが、どんな消去コマンドを以てしても決して消えることなく、鮮烈に残り続けていた。
孝允は明滅する映像から目を離さないまま、淡々と言った。
「私は、お前に『人の心』を学ばせた。そうだろう」
「はい」
「護衛対象である娘の精神状態を正確に理解し、あらゆる局面で最善の判断を下させるためにね」
画面が切り替わり、激しい雨の中で怯える新那の手を、壊れ物を扱うようにそっと握る零の姿が映る。
「だが、お前は私の想定した理解の領域を超えた」
今度は、高熱で眠る新那の枕元に座り込み、濡れたタオルをその額へそっと当てる映像。
「護衛対象に対して、プログラムにない過度な感情移入を始めた」
夏祭り。浴衣姿の新那を見つめ、慈しむように小さく微笑む零。
「そして今では……」
昨日の放課後。夕暮れの教室で、王子役として新那へ真っ直ぐに手を差し伸べる零の横顔。
その決定的な映像の場面で、孝允はリモコンの再生ボタンを止めた。静止した画面の中で、二人は夕陽に照らされながら見つめ合っている。
部屋が、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。
「お前は私の娘を、単なる護衛対象ではなく――一人の女性として見ているな」
零はゆっくりと目を閉じた。
否定するための言葉は、彼のシステムの中にいくらでも用意されていた。不具合だ、バグだ、演算エラーだと言い張ることもできたはずだ。
けれど。もう、嘘を吐きたくはなかった。大切な彼女を安心させるための嘘ならまだしも、自分のこの想いを汚すような嘘だけは、絶対に。
「……はい」
その明確な肯定の返事に、周囲の連なっていた研究員達が、思わずといった風に小さく息を呑んだ。
アンドロイドが命令や設定された設定を離れ、自らの『意志』で心の実在を認めた。それはこの施設において、完全な一線を超えた異常事態を意味していた。
しかし、孝允は声を荒らげることもなく、ただ静かに零を見つめている。
怒っているわけではない。裏切られたと失望しているわけでもない。彼はただの冷徹な研究者として、目の前にある測定不能な『バグ』という事実を観察しているだけだった。
「ならば」
一拍置いて、孝允は吐き出すように冷たく告げた。
「神条零……いやR-01」
「はい」
「本日、この瞬間をもって、お前の護衛任務を全て終了とする」
研究室の空気が、今度こそ完全に凍りついた。
「以後、お前が神条新那へ接触すること、および学校への登校を含めた全ての日常動作を禁ずる」
零は、何も言わなかった。反論も、嘆願もせず、ただ静かにその非情な命令を受け止めていた。
しかし、警告音を発し続けるシステムログのさらに奥。彼の胸の最深部では。
昨日、あの夕暮れの教室で「頑張ろうね」と嬉しそうに笑っていた、たった一人の少女の姿だけが、どんな消去コマンドを以てしても決して消えることなく、鮮烈に残り続けていた。



