箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい


「パパ!」

 新那は母の側を離れ、すぐに父親の元へ詰め寄るように歩み寄った。

「ねぇ、零は?  零は何処にいるの?  朝から部屋にもリビングにもいないんだけど」

 一瞬だけ。
 本当に意識して観察しなければ見落とすほどの、ほんの一瞬だけ、父親の眉間のあたりがピクリと動いた。

「……零なら、外出している」
「外出?  こんな朝早くから?」
「ああ」

 それだけだった。あまりにも短く、含みを持たせた返答。

「でも、今日は平日だし、もうすぐ学校へ行く時間だよ?  演劇の練習だってあるのに」
「今日は学校には来ない」
「え……?  なんで?」
「用事があるからだ」

 用事。その一言だけでこれ以上の会話を完全にシャットアウトするように、父親は冷たい目で左腕の腕時計へと視線を落とす。
 新那はどうしても納得がいかなかった。昨日、あの放課後の教室で、彼は確かに「文化祭が楽しみだ」と言っていた。新那を安心させるように、あの綺麗な顔で優しく微笑んでくれた。
 それなのに、何の前触れもなく、何の連絡すらよこさずに学校を休むなんて、規律に厳しいあの零らしくなさすぎる。

「何の用事なの?  パパなら知ってるんでしょ?  何処に行ったの!」
「新那」

 父親は娘の焦燥を含んだ言葉を、静かに、けれど明確な威圧感をもって遮った。

「今は余計なことを気にしなくていい。お前はただ、学校へ行く準備をしろ」
「でも――!」
「気にするなと言っている」

 その声音には、それ以上の反論を一切許さない絶対的な力があった。新那は気圧され、思わず言葉を喉の奥に詰まらせて口を閉じる。
 父親は娘の視線から逃れるようにそのまま踵を返し、廊下の奥にある自身の書斎へ向かって足早に歩き出した。
 カツン、カツンと遠ざかっていく父親の背中を見つめながら、新那の胸を激しい嫌な予感が襲う。冷や汗が全身から噴き出しそうになるほどの、強烈な胸騒ぎ。
 まるで、自分の人生にとって取り返しのつかない大切な何かが、もう二度と手の届かない遠い場所へ連れ去られてしまったかのような――そんな黒い予感だけが、静かに、けれど確実に彼女の心を締め付けていた。