箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 あの桜が舞う入学式の日。何を考えているのか、あるいは何も考えていないのかさえ分からない、ただ美しく無機質だったアンドロイド。
 豪雨の午後、熱を出した自分をただ命令に従って看病してくれた時も、彼の行動にはまだどこか冷たい機械らしさが残っていたはずだ。
 けれど、今はどうだ。
 クラスの連中に弄られて困ったり、拗ねたように視線を逸らしたり。
 時にはちょっとした冗談で揶揄う。そして今のように、相手を思いやるために嘘を吐いてまで微笑むことすら、彼は覚えてしまった。
 新那の脳裏に、ふとあの夏祭りの夜の光景が蘇る。花火の光に照らされながら、自分は零にこう言ったのだ。

『零は人間になれるよ』

 あの時は、ただ彼の背中を押したくて、励ますつもりで口にした言葉だった。

(……もう十分すぎるくらい、人間じゃん)

 それでも、心の中でそう呟いた瞬間、新那の胸の奥がキュッと強く締め付けられるように苦しくなった。
 どうしてそんな風に思うのか、自分でも理由は分からない。
 ただ、目の前の少年が人間らしくなればなるほど、彼が「作られたアンドロイドである」という動かせない事実が、逆に残酷な歪みとなって浮き彫りになっていくような気がしたのだ。
 新那がそんな思考の海に沈み込んでいると、

「お嬢」
「え?  あ、何?」
「急に黙り込んで……顔色が悪い。やっぱり体調が悪いんじゃないか?」
「な、何言ってるの。……誰のせいだと思って」
「俺のせいか?」
「そうだよ、零のせい」
「そうか。それはすまない」

 何の疑いもなく、至って素直に非を認める。そのテンポのズレた遣り取りに、新那は耐えきれずに思わずプッと吹き出してしまった。

「ふふ、あはは!  零、ほんと変わったよね」
「何がだ」
「何がって、全部だよ」

 零は不思議そうに首を傾げた。その些細な仕草ひとつ取っても、もう随分と自然で、人間の男子高校生そのものだ。
 新那はそんな彼を愛おしそうに見つめながら、小さく笑う。

「前はもっと、それこそロボットっぽかったのにね」
「それは、俺にとって褒め言葉と受け取っていいのか?」
「うん、最大級の褒め言葉」
「なら良かった。お嬢に褒められるのは、悪くない」

 当たり前のように返ってくる、少しだけ気恥ずかしい言葉。
 当たり前のように流れていく、優しくて緩やかな放課後の時間。
 教室の窓の外では、グラデーションを描いていた夕焼けが、少しずつ深い藍色の夜へと溶け落ちていく。
 文化祭まで、あと三週間。
 新那はまだ、何も知らない。この暖かくて穏やかな時間のすぐ裏側で、零の運命を冷酷に引き裂くための歯車が、すでに静かに、決定的に動き始めていることを。
 そして零もまた、暗くなっていく教室の中で、隣で小さく笑う少女の横顔をただ静かに見つめながら、祈るように思っていた。
 願わくば。
 この何でもない、ただ愛おしい時間が、もう少しだけ――せめて彼女と約束したあの舞台の日まで、続いてほしいと。