箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 時間は流れ、ほとんどの生徒が帰った放課後。
 オレンジ色の濃厚な夕陽が教室の窓から差し込み、並んだ机や椅子を長くドラマチックに照らし出していた。
 文化祭まで残り三週間。一年B組の教室では、早くも演劇の本格的な練習が始まっていた。

「はいストップ、ストーーーーップ!」

 静かだった教室に、突如として雷鳴のような声が響き渡る。
 眼鏡の奥の目をぎらりと肉食獣のように光らせながら、一人の男子生徒が立ち上がった。

「違う違う違う!  ぜーんぜん違う!」

 バンッ!  と激しい音を立てて、丸めた台本を机に叩き付ける。

「お前ら、緊迫感がミリも足りないんだよ!」

 教室の空気が一瞬でピシッと張り詰めた。そして、その猛烈な矛先は真っ直ぐ一人の少年に向く。

「特に神条!」

 突然名前を呼ばれた零が、台本からゆっくりと顔を上げた。

「……何だ、相楽(さがら)
「今の王子は王子じゃない!  完全にただの『無』だ!」
「そうか?  セリフのイントネーションは完璧だったはずだが」
「そうかじゃないんだよ!」

 相楽修司(さがらしゅうじ)は、派手に頭を抱えて仰け反った。
 彼は今回の演劇で監督・演出を務める男子生徒だ。普段は物静かで真面目、授業中も一番後ろの席で大人しくしているし、先生からの信頼も厚い。――ただし、一度演劇のことになると、まるで人格がひっくり返ったように豹変する悪癖があった。

「お前は、王子だぞ!」

 相楽は狂おしいほどに身振り手振りを交えながら熱弁する。

「魔王の城に命懸けで突入して、ようやく再会できた最愛の姫に向かってさぁ!」
「ああ」
「その、クライマックスの台詞だぞ?」
「ああ」
「なんで明日の天気予報を読み上げるみたいな声になるんだよ!  冷静すぎるだろ!」

 その必死なダメ出しに、零は本気で困惑したように眉を顰める。

「いや、俺は台本に記載されている文章通りに、正確に発声したつもりだが」
「そういう文字面(ロジック)の問題じゃないんだって!」
「では、一体何が問題なんだ」
「感情だよ、感情!  ハートが乗ってねえんだよ!」
「感情……。具体的には、どのあたりの出力数値を調整すればいい?」
「それを俺に聞くな!  自分で生み出すんだよ!」

 再び教室に大きな笑いが起きる。
 窓際の席でその遣り取りを見ていた新那も、思わずクスクスと吹き出してしまった。