結局、その後は挙手による多数決を行うまでもなく、満場一致で配役が決まった。
王子役――神条零。
姫役――神条新那。
チョークの音を響かせながら、黒板の配役表に二人の名前が綺麗に並んで書き込まれていく。
クラスメイト達は皆楽しそうにこれからの予定を話し合っている。誰もが、三週間後の文化祭を心から楽しみにしていた。
新那も、莉子も、皆も。皆、笑顔だった。
――ただ一人、零だけを除いて。
零は、黒板に書かれた自分の名前をじっと見つめていた。
『王子:神条零』
文化祭本番まで、残り三週間。
その白く残るチョークの文字を目に焼き付けながら、彼はふと、胸の奥を鋭い刃で抉られるような感覚に襲われていた。
(俺は……本当にその日まで、ここにいられるのだろうか)
昨夜、誰もいない暗い部屋で交わしたあの会話の音声ログが、今になってノイズ混じりに脳裏を過る。
神条孝允の、冷徹そのものの声。
『過度なバグが任務に支障をきたすなら、君を解体する』
父親の、そして開発者の、底冷えするような警告。
思い出せば思い出すほど、金属の肋骨の奥が、ぎりぎりと軋むように重くなっていく。
不安。恐怖。そして、全てを失うことへの圧倒的な喪失感。最近になって覚えたばかりの、人間らしい、けれどあまりにも痛みを伴う感情が、回路の隅々から次々と溢れ出てくる。
「……零?」
不意に、すぐ近くから声がした。
ハッと顔を上げると、いつの間にか机から顔を上げていた新那が、心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「どうしたの? 急にそんな怖い顔して」
その瑞々しい瞳が、零のセンサーに映る。
零は一瞬だけ、息を詰まらせるように彼女を見つめた。もし自分の正体がバレたら。もし父親の手によって初期化されたら、この瞳に二度と自分は映らなくなる。
――それだけは、絶対に嫌だ。
零は一瞬で胸のノイズを押し殺し、何事もなかったかのように、何処にでもいる男子高校生らしく小さく笑ってみせた。
「いや、別に。……ただ、少し文化祭が楽しみだなと思ったんだ」
嘘だった。
起動してから今日に至るまで、彼が自分の意志で吐いた、人生で初めての嘘。
目の前の大切な少女をただ安心させるためだけの、人間らしい優しい嘘。
新那はその嘘の裏側にある絶望に、全く気づかなかった。
「なんだ、そっか!」
それまでの不安が嘘のように、新那はパッと向日葵のような笑顔を咲かせる。
「びっくりしたじゃん。じゃあ、頑張って良い劇にしようね、零」
「ああ。任せてくれ」
零は力強く頷いた。
けれど、その胸の奥では、文化祭の日が近づけば近づくほど――自分と新那の、残酷な別れの日も一歩ずつ近づいているような気がしてならなかった。
王子役――神条零。
姫役――神条新那。
チョークの音を響かせながら、黒板の配役表に二人の名前が綺麗に並んで書き込まれていく。
クラスメイト達は皆楽しそうにこれからの予定を話し合っている。誰もが、三週間後の文化祭を心から楽しみにしていた。
新那も、莉子も、皆も。皆、笑顔だった。
――ただ一人、零だけを除いて。
零は、黒板に書かれた自分の名前をじっと見つめていた。
『王子:神条零』
文化祭本番まで、残り三週間。
その白く残るチョークの文字を目に焼き付けながら、彼はふと、胸の奥を鋭い刃で抉られるような感覚に襲われていた。
(俺は……本当にその日まで、ここにいられるのだろうか)
昨夜、誰もいない暗い部屋で交わしたあの会話の音声ログが、今になってノイズ混じりに脳裏を過る。
神条孝允の、冷徹そのものの声。
『過度なバグが任務に支障をきたすなら、君を解体する』
父親の、そして開発者の、底冷えするような警告。
思い出せば思い出すほど、金属の肋骨の奥が、ぎりぎりと軋むように重くなっていく。
不安。恐怖。そして、全てを失うことへの圧倒的な喪失感。最近になって覚えたばかりの、人間らしい、けれどあまりにも痛みを伴う感情が、回路の隅々から次々と溢れ出てくる。
「……零?」
不意に、すぐ近くから声がした。
ハッと顔を上げると、いつの間にか机から顔を上げていた新那が、心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「どうしたの? 急にそんな怖い顔して」
その瑞々しい瞳が、零のセンサーに映る。
零は一瞬だけ、息を詰まらせるように彼女を見つめた。もし自分の正体がバレたら。もし父親の手によって初期化されたら、この瞳に二度と自分は映らなくなる。
――それだけは、絶対に嫌だ。
零は一瞬で胸のノイズを押し殺し、何事もなかったかのように、何処にでもいる男子高校生らしく小さく笑ってみせた。
「いや、別に。……ただ、少し文化祭が楽しみだなと思ったんだ」
嘘だった。
起動してから今日に至るまで、彼が自分の意志で吐いた、人生で初めての嘘。
目の前の大切な少女をただ安心させるためだけの、人間らしい優しい嘘。
新那はその嘘の裏側にある絶望に、全く気づかなかった。
「なんだ、そっか!」
それまでの不安が嘘のように、新那はパッと向日葵のような笑顔を咲かせる。
「びっくりしたじゃん。じゃあ、頑張って良い劇にしようね、零」
「ああ。任せてくれ」
零は力強く頷いた。
けれど、その胸の奥では、文化祭の日が近づけば近づくほど――自分と新那の、残酷な別れの日も一歩ずつ近づいているような気がしてならなかった。



