夏休みが終わり、九月。
肌を刺すような残暑はまだ厳しいものの、ふと見上げる空の高さだけは、確かに少しずつ秋の気配を孕み始めていた。
「よし、文化祭の出し物を決めるぞー」
ホームルームの時間。担任のその一言を合図に、教室の空気は一気に沸点へと達した。
「っしゃあ、きたぁぁぁ!」
「文化祭何やる!? やっぱ模擬店っしょ!」
「いやいや、お化け屋敷だって!」
「男子! そこはメイド喫茶一択だろ!」
蜂の巣をつついたような騒がしさに、新那も思わず目を輝かせる。
「文化祭……!」
体育祭に続く、高校生活の一大イベント。今までの閉ざされた人生では、ただ遠くから眺めるだけだったお祭りだ。しかも今回は、クラス全員で一つのものを作り上げるのだという。
「楽しみだね、新那ちゃん!」
隣の席では、莉子がテンションを抑えきれない様子で机を叩いていた。
「まさに青春イベント第二弾って感じ!」
「ふふ、莉子ちゃんテンション高いなぁ」
「当たり前じゃん! 楽しまなきゃ損だし!」
そんな二人を余所に、後ろの席の零は静かに窓の外の景色を眺めていた。
誰にも気付かれない程度に、ほんの少しだけその横顔のラインを曇らせて。これから訪れる「何か」を予感しているかのように、彼の 視線は何処か遠くへ向けられていた。
「はいはい、お前ら静かに」
担任が黒板をチョークの頭で叩いて騒ぎを宥める。
「とりあえず候補を出すから、やりたいやつ言え」
その言葉を合図に、「執事喫茶!」「脱出ゲーム!」と次々に威勢のいい声が飛び交う中、女子の一人がぽつりと言った。
「舞台で演劇とかやったら、結構盛り上がるんじゃない?」
「あー、確かに」
「うちのクラス、役者揃ってるしな」
「っていうか、神条がいるじゃん」
その瞬間、クラス中の視線がまるで磁石に吸い寄せられるように、後ろの席の零へと一斉に集まった。
「あいつの顔面強すぎるし」
「王子様役とかやらせたら、一発で主役確定じゃん」
「ぶっちゃけ、文化祭で神条を使わないのは損だって!」
「見たい見たい! 劇にしよーよ!」
いきなり注目の的になった零は、心底きょとんとした顔で首を傾げた。
「……なんだ。何故皆して俺を見る?」
「いや、自覚ないのかよ!」
男子達が一斉に総ツッコミを入れ、教室はどっと大きな笑い声に包まれる。
結局、多数決によってクラスの出し物は『演劇』に決定した。
「やったー!」
「絶対面白いやつ作ろうぜ!」
「脚本どうする?」
と、クラスは大盛り上がり。新那も自然とワクワクした笑顔になり、そのまま後ろを振り返った。
「零、演劇だって」
「みたいだな」
零は少しだけ肩の力を抜くように、椅子の背もたれに体を預けた。
「……楽しみ?」
新那が覗き込むように問いかけると、零は少しだけ考えるように視線を彷徨わせてから、小さく頷いた。
「そうだな。クラスの連中と何かを作るという経験など、今までしたことなかった。……正直、少し興味がある」
その言葉に、新那の胸の奥がじんわりと温かくなる。
「うん、じゃあ決まりだね。楽しみ!」
「ああ。お嬢がそう言うなら、俺も全力を尽くす」
零が微笑む。それはとても穏やかで、何処にでもいる男子高校生と何ら変わらない、本当に自然な笑顔だった。
――けれど、その瞬間だった。
制服のポケットの奥で、微かな振動が走る。
それは零の内部レシーバーだけに届く、他の誰にも感知できないデジタル通信。
暗号化された回線の向こうに表示された発信者の名は――神条孝允。新那の父親であり、零の創造主。
肌を刺すような残暑はまだ厳しいものの、ふと見上げる空の高さだけは、確かに少しずつ秋の気配を孕み始めていた。
「よし、文化祭の出し物を決めるぞー」
ホームルームの時間。担任のその一言を合図に、教室の空気は一気に沸点へと達した。
「っしゃあ、きたぁぁぁ!」
「文化祭何やる!? やっぱ模擬店っしょ!」
「いやいや、お化け屋敷だって!」
「男子! そこはメイド喫茶一択だろ!」
蜂の巣をつついたような騒がしさに、新那も思わず目を輝かせる。
「文化祭……!」
体育祭に続く、高校生活の一大イベント。今までの閉ざされた人生では、ただ遠くから眺めるだけだったお祭りだ。しかも今回は、クラス全員で一つのものを作り上げるのだという。
「楽しみだね、新那ちゃん!」
隣の席では、莉子がテンションを抑えきれない様子で机を叩いていた。
「まさに青春イベント第二弾って感じ!」
「ふふ、莉子ちゃんテンション高いなぁ」
「当たり前じゃん! 楽しまなきゃ損だし!」
そんな二人を余所に、後ろの席の零は静かに窓の外の景色を眺めていた。
誰にも気付かれない程度に、ほんの少しだけその横顔のラインを曇らせて。これから訪れる「何か」を予感しているかのように、彼の 視線は何処か遠くへ向けられていた。
「はいはい、お前ら静かに」
担任が黒板をチョークの頭で叩いて騒ぎを宥める。
「とりあえず候補を出すから、やりたいやつ言え」
その言葉を合図に、「執事喫茶!」「脱出ゲーム!」と次々に威勢のいい声が飛び交う中、女子の一人がぽつりと言った。
「舞台で演劇とかやったら、結構盛り上がるんじゃない?」
「あー、確かに」
「うちのクラス、役者揃ってるしな」
「っていうか、神条がいるじゃん」
その瞬間、クラス中の視線がまるで磁石に吸い寄せられるように、後ろの席の零へと一斉に集まった。
「あいつの顔面強すぎるし」
「王子様役とかやらせたら、一発で主役確定じゃん」
「ぶっちゃけ、文化祭で神条を使わないのは損だって!」
「見たい見たい! 劇にしよーよ!」
いきなり注目の的になった零は、心底きょとんとした顔で首を傾げた。
「……なんだ。何故皆して俺を見る?」
「いや、自覚ないのかよ!」
男子達が一斉に総ツッコミを入れ、教室はどっと大きな笑い声に包まれる。
結局、多数決によってクラスの出し物は『演劇』に決定した。
「やったー!」
「絶対面白いやつ作ろうぜ!」
「脚本どうする?」
と、クラスは大盛り上がり。新那も自然とワクワクした笑顔になり、そのまま後ろを振り返った。
「零、演劇だって」
「みたいだな」
零は少しだけ肩の力を抜くように、椅子の背もたれに体を預けた。
「……楽しみ?」
新那が覗き込むように問いかけると、零は少しだけ考えるように視線を彷徨わせてから、小さく頷いた。
「そうだな。クラスの連中と何かを作るという経験など、今までしたことなかった。……正直、少し興味がある」
その言葉に、新那の胸の奥がじんわりと温かくなる。
「うん、じゃあ決まりだね。楽しみ!」
「ああ。お嬢がそう言うなら、俺も全力を尽くす」
零が微笑む。それはとても穏やかで、何処にでもいる男子高校生と何ら変わらない、本当に自然な笑顔だった。
――けれど、その瞬間だった。
制服のポケットの奥で、微かな振動が走る。
それは零の内部レシーバーだけに届く、他の誰にも感知できないデジタル通信。
暗号化された回線の向こうに表示された発信者の名は――神条孝允。新那の父親であり、零の創造主。



