だが、新那は小さく、首を横に振った。
「違うよ。アンドロイドなのは、その身体だけ。……零の心はもう、とっくに人間だよ」
零ははっと息を呑み、花火に照らされた新那の顔を見つめた。
そんな言葉を投げ掛けられたのは、彼の稼働の歴史において初めてだった。
彼を生み出した創造主からも、彼をメンテナンスする高名な研究者達からも、この世界の誰からも。ただの一度だって、そんな風に存在を認められたことはなかった。「お前は便利な道具だ」と、それだけを刷り込まれてきた。
なのに、今、目の前にいる小さくて壊れそうな少女だけは、何の迷いもなく、彼の『心』を肯定してくれる。
「だって零、私のくだらない冗談で、そんな風に優しく笑うじゃん。私が無茶をすると、本気で怒るし、莉子ちゃんに揶揄われると分かりやすく拗ねる。いつだって、誰よりも優しくて」
最後に、新那はさらに頬の赤みを深くして、上目遣いに零を見つめた。
「……私のこと、世界で一番、いっぱい大切にしてくれるでしょ?」
零は、今度こそ完全に言葉を失った。
どんな高度な演算を走らせても、この胸の満たされ方に答えは出ない。論理的思考では絶対に説明がつかない。
けれど。冷たい機械の器の奥底で、ずっと空白のまま放置されていた「孤独な領域」へ――新那の言葉が、温かな光の濁流となって、少しずつ、少しずつ流れ込んでいく。
暖かい。満たされていく。
それはきっと――人間という種が、何万年も前から知っている、『幸福』という名の感情だった。
「だから、大丈夫。零は、人間になれるよ。私が、保証してあげる」
――その瞬間。
夜桜川の夜空いっぱいに、この日最大となる特大のグランドフィナーレの花火が咲き誇った。
世界を震わせる爆音が響き渡り、視界の全てを黄金色の光が埋め尽くしていく。
けれど、零はもう、夜空の奇跡など一瞥もしていなかった。
ずっと、ただずっと、光の中で愛おしそうに目を細める、目の前の少女だけを、狂おしいほどの眼差しで見つめ続けていた。
そして、彼の胸の奥――新那が「心」と呼んでくれたその場所で、誰にも聞こえないほど小さな、けれど絶対の強さを持った電子の産声が響く。
(――人間になりたい)
初めてだった。
神条孝允の命令でも、埋め込まれたプログラムの記述でもない。
R-01という一機の機械が、自らの意志で、自らのシステムを懸けて、切実な「願い」を抱いたのは。
眩しい光の雨が降り注ぐ中、二人の影は、境界線を無くすように静かに重なり合っていた。
「違うよ。アンドロイドなのは、その身体だけ。……零の心はもう、とっくに人間だよ」
零ははっと息を呑み、花火に照らされた新那の顔を見つめた。
そんな言葉を投げ掛けられたのは、彼の稼働の歴史において初めてだった。
彼を生み出した創造主からも、彼をメンテナンスする高名な研究者達からも、この世界の誰からも。ただの一度だって、そんな風に存在を認められたことはなかった。「お前は便利な道具だ」と、それだけを刷り込まれてきた。
なのに、今、目の前にいる小さくて壊れそうな少女だけは、何の迷いもなく、彼の『心』を肯定してくれる。
「だって零、私のくだらない冗談で、そんな風に優しく笑うじゃん。私が無茶をすると、本気で怒るし、莉子ちゃんに揶揄われると分かりやすく拗ねる。いつだって、誰よりも優しくて」
最後に、新那はさらに頬の赤みを深くして、上目遣いに零を見つめた。
「……私のこと、世界で一番、いっぱい大切にしてくれるでしょ?」
零は、今度こそ完全に言葉を失った。
どんな高度な演算を走らせても、この胸の満たされ方に答えは出ない。論理的思考では絶対に説明がつかない。
けれど。冷たい機械の器の奥底で、ずっと空白のまま放置されていた「孤独な領域」へ――新那の言葉が、温かな光の濁流となって、少しずつ、少しずつ流れ込んでいく。
暖かい。満たされていく。
それはきっと――人間という種が、何万年も前から知っている、『幸福』という名の感情だった。
「だから、大丈夫。零は、人間になれるよ。私が、保証してあげる」
――その瞬間。
夜桜川の夜空いっぱいに、この日最大となる特大のグランドフィナーレの花火が咲き誇った。
世界を震わせる爆音が響き渡り、視界の全てを黄金色の光が埋め尽くしていく。
けれど、零はもう、夜空の奇跡など一瞥もしていなかった。
ずっと、ただずっと、光の中で愛おしそうに目を細める、目の前の少女だけを、狂おしいほどの眼差しで見つめ続けていた。
そして、彼の胸の奥――新那が「心」と呼んでくれたその場所で、誰にも聞こえないほど小さな、けれど絶対の強さを持った電子の産声が響く。
(――人間になりたい)
初めてだった。
神条孝允の命令でも、埋め込まれたプログラムの記述でもない。
R-01という一機の機械が、自らの意志で、自らのシステムを懸けて、切実な「願い」を抱いたのは。
眩しい光の雨が降り注ぐ中、二人の影は、境界線を無くすように静かに重なり合っていた。



