箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 そして、本人すらも気づかないほど、ほんの僅かに、その綺麗な口元を優しく緩めた。
 夜を彩る賑やかな祭囃子。心から笑い合える、大切な友達との時間。そして――頬を朱に染めて隣を歩く、世界で一番綺麗な浴衣姿の新那。
 しかし、そんな風情のある穏やかな時間は、莉子の一言によって一瞬で彼方へと吹き飛んだ。

「よし、まずは小手調べに、りんご飴ーーーー!!」
「いきなり?  重くない?」
「何言ってるの新那ちゃん、祭りと言えば何をおいても、りんご飴でしょ!」

 莉子はそう高らかに宣言すると同時に、下駄の音を小気味よく響かせて人混みの中へ猛ダッシュで走り出した。

「あっ、ちょっと莉子ちゃん、待って!」

 新那が慌ててその背中を追いかける。そして当然のように、零も一切の無駄がない歩調で二人の斜め後方へと追従した。
 人混みを抜けた先の屋台には、ガラス細工のように艶やかな、真っ赤なりんご飴がずらりと並んで夜店灯りに照らされていた。

「うわぁ……」

 新那の目が一瞬にしてキラキラと輝く。それはまるで、宝石の原石を間近で見つめるような、純粋な驚きに満ちた顔だった。

「もしかして、新那ちゃん食べたことないの?」

 莉子が目を丸くして尋ねると、新那は少しだけ恥ずかしそうに身を縮めて頷いた。

「うん……お祭り自体、今までほとんど来たことがなくて。こういうの、テレビの中でしか見たことなかったの」
「あ……」

 莉子は一瞬だけ、神条家のお嬢様が背負ってきた孤独な過去を察して言葉を詰まらせた。けれど、彼女の持ち前の明るさはそれを一瞬で塗り替える。

「じゃあ決まり!  今日は見るものやるもの、全部初体験で制覇しちゃおうね!」
「うん!」

 二人は仲良くお小遣いを出し合い、真っ赤なりんご飴を一つずつ購入した。

「で、神条君は?」

 莉子が振り返り、品定めするように屋台の赤を見つめていた零を促す。
 零は極めて真面目な顔のまま、りんご飴の成分を視覚スキャンして分析を口にした。

「表面の糖分過多による血糖値の急上昇、および芯部の果実の咀嚼難易度を考慮すると、これは効率的な栄養摂取には著しく向いていないと判断する」
「だーかーらー!  そういう無粋な話じゃないの!」
「そうだよ零」

 新那も横から莉子に乗っかるようにして言った。

「せっかくだし!  お祭りなんだから、そういう『無駄』を楽しむものなの!」

 数秒間、零の演算装置は「お祭りの定義」について微修正を余儀なくされた。そして、大人しく和装の帯に忍ばせていた財布を取り出す。

「……了解した。これも文化交流の一環として処理する」
「素直でよろしい」

 こうして三人は、それぞれの手に大きなりんご飴を掲げながら、賑やかな夜店通りを歩き始めた。