箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 お祭りらしく少し高めの位置で綺麗にまとめられた黒髪と、その耳元でちりん、と涼しげに揺れる小さな花の髪飾り。少女らしい華奢な身体を包む薄桃色の浴衣と、それを引き締める真っ白な帯。

「……可愛い」
「へ?」
「めちゃくちゃ可愛い! 何その破壊力抜群の美少女は!」
「や、やめてよ、大きな声で言わないで!」

 新那の顔が一瞬にして浴衣のピンク色よりも赤くなる。
 莉子はそんなのお構いなしに、がしっと新那の両肩を掴んだ。

「ちょっとスマホ出すから、そこで一歩も動かないで!  写真撮らせて!」
「いきなり何!?恥ずかしいからダメ!」
「ダメと言われても撮る!  撮って今日からロック画面の待ち受けにする!」
「絶対にしないで!」

 花火が上がる前から、鳥居の下は早くも台風のような騒がしさだった。
 新那にさんざん拒絶され、莉子はブーブーと不満を漏らす。と、その視線が、今度は新那の隣で一言も発さずに静かに佇んでいた少年の方へとスライドした。

「……」
「……」
「……」

 再び訪れる、莉子の謎の沈黙。零は表情を一切変えないまま、僅かに首を傾げた。

「どうした、犬丸。俺の衣服に、データ上の異常(着付けの乱れ)でもあるか?」
「神条君」
「何だ」
「……君、ちょっとかっこよすぎない?」

 今度は、零がピタリと固まった。ついでに新那も「えっ」と固まった。莉子だけが、至って真面目な真顔だ。
 背が高く、モデルのように均整の取れた零の体躯には、シックな黒い浴衣が恐ろしいほど似合っていた。背筋がミリ単位で真っ直ぐに伸びているせいで、和装特有の「いなせな雰囲気」が限界突破している。

「え?」

 いつもの冷静さを欠き、珍しく本気で戸惑ったように聞き返す零。

「いや、マジで浴衣似合いすぎなんだけど!  普段の制服姿も大概少女漫画の王子様だけど、今日なんかジャンルが違う!  色気がカンストしてる!」
「……主観的な評価だな。自己のシステムによる外見プロファイルの分析では、単なる和装による視覚的変化に過ぎないと出力されている」
「だーかーら!  そういう理屈っぽい分析はいらないの!」

 莉子はケラケラと爆笑した。そしてふと、いたずらっぽい目を煌めかせると、新那の耳元へとすっと顔を近づけた。

「ねぇねぇ、新那ちゃん」
「な、何、その怪しい笑い方は」
「二人並んでるとさ……ちょっと、お似合いすぎてニヤニヤしちゃうんだけど?」

「ぶっっ!?」

 新那は、自分の唾液で盛大に噎せた。

「ななな、なな何言ってるの莉子ちゃん?  変なこと言わないで!」
「だって、お内裏様とお雛様みたいなんだもん」
「違うから!  零は、その、私の幼馴染的な、護衛的な、とにかく全然そういうんじゃないから!」
「あはは、私まだ『付き合ってんの?』とか一言も言ってなーい!」
「言おうとしてたでしょ!  顔に出てた!」

 莉子は楽しそうにカカカと笑い、新那は真っ赤な顔をしてそっぽを向く。
 零は、その賑やかなやり取りを少し離れた位置から、ただ静かに見つめていた。以前の彼なら、完全に「無駄なデータの往復」として理解を拒んでいたはずの光景。
 根拠のない冗談。意味のない揶揄い。論理的な整合性のない、ただ感情のままに笑い合うだけの時間。
 なのに――何故だろう。彼の胸の奥のコアは、その騒がしさを、驚くほど心地よく、愛おしいものとして受け止めていた。

「よし!」

 莉子が浴衣の袂をぐっと引いて、元気よく拳を握り締めた。

「雑談はここまで!  今日はテストを乗り越えたご褒美なんだから、軍資金の許す限り遊び尽くすぞー!」
「おー!」

 釣られた新那も、すっかり照れ隠しを忘れて元気よく手を挙げる。

「まずは何から攻める?」
「決まってるじゃん、まずは屋台巡り!  焼きそばと、たこ焼きと、唐揚げ!」
「賛成!  あ、そのあと射的もやりたい!」
「やるやる!  あと金魚すくいも勝負ね!」

 はしゃぐ二人の姿は、まるで学校の制服を脱ぎ捨てて童心に帰った子供のようだった。
 そんな二人――特に、かつて部屋に閉じこもって孤独に怯えていた新那が、あんなにも楽しそうに笑っている姿を見つめながら、零は静かに息を吐いた。