何か言いたいことがあるのに、出力プロトコルが詰まっている。そんな状態に見えた。
「……?」
零が僅かに首を傾げる。
すると、新那は観念したように、小さくふうと息を吐き出した。
「えっとね、その……」
普段の彼女には珍しく、ひどく歯切れが悪い。
新那は背中に隠していた右手を、思い切ったように零の目の前へと差し出した。
「莉子ちゃんからさっき、連絡があって……」
零は、彼女の細い指先に握られた一枚のカラーチラシを受け取った。
そこには、夜空を埋め尽くすような、色鮮やかで巨大な大輪の花火の写真が印刷されていた。
――『地元・夜桜川大花火大会』の案内だ。
「良かったら、三人でこれに行かないかって」
新那が言う。その声は、隠そうとしても、何処か弾むような期待に揺れていた。
「ほら……」
彼女は零と目を合わせないように、チラシの端を見つめながら言葉を続ける。
「高校生になって、初めての夏休みだし。私、こういう『友達と行く花火大会』とか、ずっと、ずっと憧れてたから。莉子ちゃんも、テスト頑張ったご褒美にって、すごく楽しみにしてて……」
そこまで一気に捲し立ててから、新那は、ようやく勇気を振り絞るように、琥珀色の瞳を真っ直ぐに零へと向けた。
「……だから、零も、一緒に来てくれないかなって」
その瑞々しい言葉が鼓膜に届いた瞬間。
零の脳内で、先ほどまで鳴り響いていた孝允の冷酷な警告が、より一層激しさを増して警告アラートを鳴らし始めた。
『これ以上、関係を深めるな』
『君はただの機械だ』
『破壊する』
父親の、そして開発者の声。命令。制限。
全てが正しく、合理的だった。もし自分がただの「優秀な機械」であり続けたいのなら、今ここで距離を置くのが唯一の正解だ。「護衛任務の範疇外であるため、自宅待機する」と、冷たく断ればいい。
新那のために、自分自身の保存のために、それが最適解であるはずだった。
「……」
零が言葉を失い、深い沈黙に落ち込む。
その様子を見た新那の顔から、みるみるうちに輝きが消え、不安そうな陰りが差した。
「あ、あの、もちろん……嫌なら無理にとは言わないし、人混みが苦手とか、データ処理が大変なら――」
きゅっと、新那が悲しそうに唇を噛む。
その表情を見た瞬間――零は、ゆっくりと顔を上げた。
目の前にいるのは、彼を世界に繋ぎ止めるたった一人の少女だ。
自分を期待に満ちた目で、そして拒絶を恐れる不安な目で見つめている。その顔を見ていると、どうしても彼のメモリに刻まれた全ての記録が、奔流のように意識を支配してしまう。
雨の日に見せてくれた、あの泣き出しそうな笑顔。
隣で静かに息を立てていた、無防備な寝顔。
どれも――絶対に、失いたくない。他の誰かに、この席を譲りたくなどない。
(……任務が、なんだ………)
その時、零は明確に自覚した。
もう、とっくに遅すぎるのだ。
距離を置くべきだと、壊されるリスクを背負うべきではないと、論理回路がどれだけ叫ぼうとも、彼は自らの意志で「彼女の傍にいたい」と願ってしまっている。
「……?」
零が僅かに首を傾げる。
すると、新那は観念したように、小さくふうと息を吐き出した。
「えっとね、その……」
普段の彼女には珍しく、ひどく歯切れが悪い。
新那は背中に隠していた右手を、思い切ったように零の目の前へと差し出した。
「莉子ちゃんからさっき、連絡があって……」
零は、彼女の細い指先に握られた一枚のカラーチラシを受け取った。
そこには、夜空を埋め尽くすような、色鮮やかで巨大な大輪の花火の写真が印刷されていた。
――『地元・夜桜川大花火大会』の案内だ。
「良かったら、三人でこれに行かないかって」
新那が言う。その声は、隠そうとしても、何処か弾むような期待に揺れていた。
「ほら……」
彼女は零と目を合わせないように、チラシの端を見つめながら言葉を続ける。
「高校生になって、初めての夏休みだし。私、こういう『友達と行く花火大会』とか、ずっと、ずっと憧れてたから。莉子ちゃんも、テスト頑張ったご褒美にって、すごく楽しみにしてて……」
そこまで一気に捲し立ててから、新那は、ようやく勇気を振り絞るように、琥珀色の瞳を真っ直ぐに零へと向けた。
「……だから、零も、一緒に来てくれないかなって」
その瑞々しい言葉が鼓膜に届いた瞬間。
零の脳内で、先ほどまで鳴り響いていた孝允の冷酷な警告が、より一層激しさを増して警告アラートを鳴らし始めた。
『これ以上、関係を深めるな』
『君はただの機械だ』
『破壊する』
父親の、そして開発者の声。命令。制限。
全てが正しく、合理的だった。もし自分がただの「優秀な機械」であり続けたいのなら、今ここで距離を置くのが唯一の正解だ。「護衛任務の範疇外であるため、自宅待機する」と、冷たく断ればいい。
新那のために、自分自身の保存のために、それが最適解であるはずだった。
「……」
零が言葉を失い、深い沈黙に落ち込む。
その様子を見た新那の顔から、みるみるうちに輝きが消え、不安そうな陰りが差した。
「あ、あの、もちろん……嫌なら無理にとは言わないし、人混みが苦手とか、データ処理が大変なら――」
きゅっと、新那が悲しそうに唇を噛む。
その表情を見た瞬間――零は、ゆっくりと顔を上げた。
目の前にいるのは、彼を世界に繋ぎ止めるたった一人の少女だ。
自分を期待に満ちた目で、そして拒絶を恐れる不安な目で見つめている。その顔を見ていると、どうしても彼のメモリに刻まれた全ての記録が、奔流のように意識を支配してしまう。
雨の日に見せてくれた、あの泣き出しそうな笑顔。
隣で静かに息を立てていた、無防備な寝顔。
どれも――絶対に、失いたくない。他の誰かに、この席を譲りたくなどない。
(……任務が、なんだ………)
その時、零は明確に自覚した。
もう、とっくに遅すぎるのだ。
距離を置くべきだと、壊されるリスクを背負うべきではないと、論理回路がどれだけ叫ぼうとも、彼は自らの意志で「彼女の傍にいたい」と願ってしまっている。



