だからこそ、目の前の機械が「変質」していることに気づかないはずがなかった。
想定を遥かに超え、プログラムの制限外へ至ろうとしていることに。
「君は、新那に影響されている」
その言葉を零は否定できなかった。
「そして新那もまた、君という機械に強く影響されている」
否定できない。自システム内の全ログが、それが揺るぎない事実であると証明していた。
だからこそ、孝允は次の言葉を、この地下室の温度よりも冷たく告げた。
「忘れないでほしい、R-01」
名前ではなく、型番で呼ばれた。
「君は新那を害悪から遠ざけるための『盾』であり、ただの護衛だ」
零は、ただ黙って言葉を受け止める。
「それ以上のものではない」
返事をするための音声プロトコルが立ち上がらない。
以前ならこんなことを聞かされても表情の一つも変えなかった。それなのに、今は「感情」とやらを表に出さないよう我慢するだけで精一杯である。
「友人ではない」
重苦しい沈黙が、二人の間に横たわる。
「ましてや、恋人などという概念は――論外だ」
ピキ、と微かな音がした。
零の拳が、机の下で僅かに握り締められていた。自覚はなかった。そんなプログラムは存在しない。
だが、彼の合金の身体が、明確な拒絶反応として駆動していた。
「君はアンドロイドだ。どれだけ精巧に作られていようと、ただの金属と電子基板の塊だ」
孝允は冷徹に、事実だけを突きつけ続ける。
「そして新那は、限りある命を持った人間だ」
零は、静かに視覚センサーをシャットダウンした。
暗闇の中、電子の思考だけが巡る。
知っている。そんなことは、この世界で誰よりも、自分自身が理解している。
自分には、ドクドクと不規則に脈打つ温かい心臓などない。傷ついても流れるのは赤い血ではなく、青白い冷却液だ。
眠って夢を見る必要もなければ、時が経っても老いることも、成長することもない。
牙を抜かれ、命令に従うためだけに作られた器。ただの機械。
もし、一ヶ月前の自分なら、この話はここで終わっていたはずだ。
『了解しました。以後、エミュレータの出力を制限します』
そう平然と答え、感情の波形をゼロに戻していただろう。
だが、今は――どうしても、その言葉が出力できない。
センサーを閉じているのに、暗闇の向こうから、新那の姿が次々と強制再生される。
体育祭の日に見せてくれた、あの泣き出しそうな笑顔。
雨の帰り道、一つの傘の中で触れ合った肩の距離。
風邪で弱っていた夜、細い指先で自分の服を掴んできたあの頼りない力。
つい数日前の、騒がしくて温かかった勉強会。
『どこ、にも……いかないで……』
夢の中で、彼女が切実に自分を求めた、あの甘えるような寝言の声。
想定を遥かに超え、プログラムの制限外へ至ろうとしていることに。
「君は、新那に影響されている」
その言葉を零は否定できなかった。
「そして新那もまた、君という機械に強く影響されている」
否定できない。自システム内の全ログが、それが揺るぎない事実であると証明していた。
だからこそ、孝允は次の言葉を、この地下室の温度よりも冷たく告げた。
「忘れないでほしい、R-01」
名前ではなく、型番で呼ばれた。
「君は新那を害悪から遠ざけるための『盾』であり、ただの護衛だ」
零は、ただ黙って言葉を受け止める。
「それ以上のものではない」
返事をするための音声プロトコルが立ち上がらない。
以前ならこんなことを聞かされても表情の一つも変えなかった。それなのに、今は「感情」とやらを表に出さないよう我慢するだけで精一杯である。
「友人ではない」
重苦しい沈黙が、二人の間に横たわる。
「ましてや、恋人などという概念は――論外だ」
ピキ、と微かな音がした。
零の拳が、机の下で僅かに握り締められていた。自覚はなかった。そんなプログラムは存在しない。
だが、彼の合金の身体が、明確な拒絶反応として駆動していた。
「君はアンドロイドだ。どれだけ精巧に作られていようと、ただの金属と電子基板の塊だ」
孝允は冷徹に、事実だけを突きつけ続ける。
「そして新那は、限りある命を持った人間だ」
零は、静かに視覚センサーをシャットダウンした。
暗闇の中、電子の思考だけが巡る。
知っている。そんなことは、この世界で誰よりも、自分自身が理解している。
自分には、ドクドクと不規則に脈打つ温かい心臓などない。傷ついても流れるのは赤い血ではなく、青白い冷却液だ。
眠って夢を見る必要もなければ、時が経っても老いることも、成長することもない。
牙を抜かれ、命令に従うためだけに作られた器。ただの機械。
もし、一ヶ月前の自分なら、この話はここで終わっていたはずだ。
『了解しました。以後、エミュレータの出力を制限します』
そう平然と答え、感情の波形をゼロに戻していただろう。
だが、今は――どうしても、その言葉が出力できない。
センサーを閉じているのに、暗闇の向こうから、新那の姿が次々と強制再生される。
体育祭の日に見せてくれた、あの泣き出しそうな笑顔。
雨の帰り道、一つの傘の中で触れ合った肩の距離。
風邪で弱っていた夜、細い指先で自分の服を掴んできたあの頼りない力。
つい数日前の、騒がしくて温かかった勉強会。
『どこ、にも……いかないで……』
夢の中で、彼女が切実に自分を求めた、あの甘えるような寝言の声。



