箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 そんな中、教卓で担任がパンパンと手を叩いた。

「はい注目。これで一学期の成績処理は全て終了だ」

 生徒達が一斉に顔を上げる。担任は最後に、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。

「というわけで、赤点を取ってしまった補習組の諸君は、後で職員室前に残れ。……それ以外の奴らは――」

 あえてたっぷりと一拍、間を置く。

「来週から、待ちに待った夏休みだ!」

 その瞬間、教室の屋根が吹き飛ぶかと思うほどの歓声が爆発した。

「うおおおおおおお!!!」
「夏休みだぁぁぁぁぁ!」
「自由だ!  宿題なんか知るかぁぁ!」
「毎日十二時間寝てやるぜぇぇ!」

 お祭り騒ぎのクラスメイト達を見て、新那も思わず胸が高鳴り、声を上げて笑ってしまった。
 高校生活、初めての夏休み。友達ができて、皆で一緒に乗り越えたテストの先にある、特別な季節。楽しみじゃないわけがなかった。



 ――その帰り道。
 三人はいつものように並んで校門を出た。
 見上げる空はすっかり青さを増し、じりじりと肌を焼く夏の日差しが眩しい。
 並木道からは、ワンワンと降るような蝉の鳴き声が聞こえていた。

「で!」

 歩きながら、莉子がパッと振り返って言った。

「夏休み、皆何処行く!?  何する!?」
「莉子ちゃん、気が早すぎるよ。まだ終業式すら終わってないんだよ?」
「関係なーい!  生き残ったんだから、一秒も無駄にせず遊ぶの!」

 莉子はカバンを大きく振り回しながら、拳を握り締めた。

「絶対遊ぶ!  青春する!  まずはプールでしょ!」
「お、プール、いいね」
「それから地元の夏祭り!  浴衣着て屋台回るの!」
「うわぁ、楽しそう!」
「夜は手持ち花火!  あと、山盛りの苺のかき氷も食べる!」
「食べたい!」

 話が止まらない。まるで堰を切ったように、莉子の口から夏の計画が飛び出してくる。
 新那も気付けば、莉子の話に目を輝かせていた。どれも、これまでの孤独な人生ではやったことがないことばかり。大好きな友達と過ごす夏休み。
 そんなキラキラした未来を想像することすら、数ヶ月前の自分には許されていなかったのだから。

「零はどうする?」

 新那が隣を歩く少年に尋ねる。零は少しだけ歩調を緩め、生真面目な顔で考え込んだ。

「お嬢の護衛任務の観点から言えば、全てのイベントにおいて『不審者の警戒』『安全確保の徹底』として同行する」
「はい、硬い!  却下!」

 莉子がバシッと指を突きつけて即答した。

「え? 却下とはどういう意味だ。俺の防衛プロトコルは――」
「そういうビジネスライクなのはナシ!  神条君は、護衛じゃなくて『友達』として来るの! ってか、護衛ってなんなのさっ!」

 友達――。
 その単語を聞いた瞬間、零の動きがピタリと固まった。
 数秒間、彼は珍しく次の言葉を探すようにフリーズし、視線を泳がせる。
 アンドロイドである彼に差し出された、あまりにも純粋で、温かい関係性の要求。
 やがて、彼は新那のほうをチラリと見てから、少しだけぎこちなく、けれどしっかりと頷いた。

「……了解した。俺は、友達として同行する」

 その何処か初々しい様子に、新那の胸の奥がキュンと切なく、そして愛おしさでいっぱいになる。
 友達。夏休み。これからの約束。
 ほんの数ヶ月前には、この世界の何処を探しても持っていなかった宝物ばかりが、今、新那の腕の中に溢れていた。
 ジリジリと鳴り響く蝉の声。何処までも高く、深く広がっていく夏の青空。この時の三人は、まだ知る由もなかった。
 この眩しい夏休みの中で、新那と零の関係が、そして零という存在そのものが、さらに大きな変革を迎えることになるということを。