箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 生まれたての小鹿のように膝をガクガクと震わせながら教壇へ向かい、答案用紙を受け取る。
 席に戻り、両手で隠しながら恐る恐る点数を覗き込む。

「……」

 沈黙。

「……」

 さらに沈黙。あまりの静けさに、新那だけでなく周囲の席の面々も「どうだったんだ……?」とゴクリと唾を飲み込んだ。
そして。

「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 莉子が両手を天に突き上げてガタッと立ち上がった。その勢いで教室の床が揺れた気がした。

「見てこれ!  数学、六十二点!」

 その瞬間、クラス中からわっと温かい拍手と歓声が起こった。

「おおー!  すげぇじゃん犬丸!」
「あの犬丸が数学で六十点台だと!?」
「奇跡だ!  天変地異の前触れ?」
「ちょっと男子、誰が天変地異だよ!  失礼だね!」

 莉子は文句を言いながらも、目は本気でウルウルと潤んでいた。
 数学、英語、理科。どれも、零の最高スペックな指導がなければ到底届かなかった、彼女にとっては奇跡のような点数。
 ギリギリの教科もあったけれど、これで全教科「赤点回避」である。
 すなわち、恐怖の補習はなし。夏休み確定。犬丸莉子の、完全勝利の瞬間だった。
 怒涛のテスト返却が終わり、放課後のホームルームが終わった直後。
 莉子はものすごい勢いで新那の席へと突っ込んできた。

「新那ちゃーーん!」
「わっ、わわっ!」

 勢い余ってギュッと抱きつかれ、新那の身体がよろめく。

「ありがとう、本当にありがとうーー!」
「私は、翻訳係をちょっとやっただけで何もしてないよ?」
「したよ!  新那ちゃんが励ましてくれなきゃ、私一日目で心折れて不登校になってたもん!」

 莉子はひまわりのような笑顔で新那を解放すると、間髪入れずにその後ろ、いつも通り淡々と荷物をまとめている零へと向き直った。

「神条先生ぇぇぇ!」
「……不必要な大声を出すな。耳の集音センサーに響く」
「先生のおかげです!  私、この恩は一生忘れないからね!」
「俺がしたのは効率的な学習ルートの提示だけだ。この結果は、お前が寝る間を惜しんで脳内にデータを叩き込んだ成果だ」
「神条先生ぇぇぇ!  照れ隠しまで最高にかっこいいーー!」
「だからやめろ。パーソナルスペースを侵食するな」

 相変わらず冷たくあしらっている零だったが、新那は彼の横顔を見逃さなかった。
 迷惑そうな口ぶりをしている割に、その琥珀色の瞳はいつもよりほんの少しだけ柔らかく、何処か嬉しそうに細められていたのだ。
 人の成長を喜ぶという「感情」が、確実に彼の心に根付いている。