箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい




 期末テストから数日後。
 教室には再び、独特の張り詰めた緊張感が漂っていた。
 しかし、その種類はテスト当日とは全く違う。全力を尽くした後の、まな板の上の鯉状態――結果発表前特有の、なんとも胃の痛くなるような嫌な緊張感だ。

「……」

 朝から莉子は、見ていて気の毒になるほど落ち着きがなかった。
 椅子に座ってはすぐに立ち上がり、立ったかと思えばまた座る。
 机をドラムのように指で叩き、シャーペンの消しゴムを無意味に机の上で転がす。
 そして、三十秒に一回は壁の時計を仰ぎ見ていた。

「ねぇ、莉子ちゃん」
「何、新那ちゃん」
「とりあえず、一回深呼吸して落ち着こう?」
「無理」

 魂の抜けた顔で即答だった。

「だってこれ、私の夏休みの生存権が懸かってるんだよ!」
「まだ結果が出たわけじゃないんだし」
「出る前から怖いの!  発表の瞬間、心臓が爆発して死ぬかもしれない!」
「気持ちはすごく分かるけど……」
「分からないでしょ、学年三位のお嬢様には!」
「うぐ……それは、そうかも」
「そうなの!  住む世界が違うの!」

 莉子がガシガシと自分の頭を掻きむしる。
 すると、その後ろから聞き慣れた、至極冷静な電子音声のような声が響いた。

「安心しろ。お前の赤点回避確率は、俺の最新の演算によると七十二%だ」

零だった。相変わらず眉一つ動かさず、涼しい顔で言い放つ。莉子は弾かれたように勢いよく振り返った。

「本当? 神条先生、それマジ!? 100パーセント信じるよ!」
「ああ。俺が算出した数値に誤認はない」
「もし落ちてたら、私の夏休みを丸ごと使って責任取ってもらうからね!」
「何故だ。俺はお前の脳細胞のスペックを考慮して最善の予想問題を提供した。結果を出すのはお前自身の出力次第だ」
「冷たーい!  相変わらず正論のナイフが鋭ーい!」

 今日も神条家&犬丸連合の朝は平和だった。
 周囲のクラスメイト達も、二人のやり取りにクスクスと笑い声を漏らし、教室の重苦しい空気が少しだけ和らぐ。
 そして――キーンコーンカーンコーン……。
 運命の一時間目のチャイムが鳴り響いた。
 教壇のドアがガラリと開き、担任の教師が大量の答案用紙をこれみよがしに抱えて入ってくる。
 その瞬間、教室のあちこちからリアルな悲鳴が地を這うように沸き起こった。

「うわぁぁぁ、来ちゃったよ……」
「あの塵袋みたいな束の中に俺の未来が……」
「終わった。俺の輝かしい夏休みが、補習という名の闇に消える……」

 教師はそんな生徒達の阿鼻叫喚をすっかり楽しみながら、慣れた様子で教卓に束をドンと置いた。

「はい静かに。まだ泣く時間じゃないぞ」

 もちろん、静かになるはずがない。

「今回は全体的に平均点が低かったから、そこは安心しろ」

 その言葉に、教室の全員が「おっ?」と少しだけ希望の光を宿して静かになった。
 しかし、教師のニヤリとした笑みが続く。

「ただし、平均が低かろうが赤点は赤点だ。ラインを下回った奴は、漏れなく夏休み返上で俺とマンツーマンだからな」
「ぎゃあああああ!」

 再びの絶望の悲鳴。先生は実に楽しそうだった。

「じゃあ、サクサク返していくぞ。――犬丸」
「はいぃっっっ!?」

 名前を呼ばれた莉子が、まるでバネが弾けたように椅子から飛び上がった。