箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 そんな光景を特等席で見ながら、新那の胸の奥には、じんわりとした愛おしさが広がっていく。
 あの熱い体育祭。
 そして神条家での大騒ぎの勉強会。
 色々なことがあったけれど、気付けば零は、ただの「不気味な男子生徒」ではなく、完全にこのクラスの輪の中心にいた。

「おーい神条!」

 案の定、前の席の男子がシャープペンを回しながら気安く声を掛ける。

「今回、ぶっちゃけ何位取るつもり?」
「一位だ」
「即答かよ!  謙遜しろよ!」
「目標設定、及び自己のスペックからの逆算として、極めて適切な数値を口にしたまでだ」
「あはは!  嫌味にならないのが逆にずるいわ!」

 男子達がどっと沸く。零は本気で事実を述べているだけで、嫌味のつもりは一ミリもない。そのズレすらも、今では彼の魅力的な個性として受け入れられていた。

 ――キーンコーンカーンコーン……。

 そして、非情な予鈴のチャイムが鳴り響いた。その瞬間、教室の空気が一瞬でピキッと引き締まる。

「うわぁぁ、来た……!」
「始まる、戦が始まる……」
「もう帰りたいー!」

 阿鼻叫喚の悲鳴が飛び交う中、教壇のドアが開き、問題用紙の束を抱えた担任が入ってきた。

「はい席に着けー。悪あがきはそこまでだ」

 ガタガタと椅子を引く音が鳴り、やがて教室は、しんと静まり返っていく。
 試験開始、五分前。新那は胸に手を当てて、深く、深く深呼吸をした。

(大丈夫。ちゃんと勉強した。零にもたくさん教わったし、莉子ちゃんとも一緒に頑張ったんだから)

 自分を鼓舞するように前を向こうとした、その時だった。
 背後から、他の誰にも聞こえないほどの、ごく小さな、掠れた声が鼓膜を叩いた。

「お嬢」

 新那はハッとして、先生の目を盗みながらそっと後ろを振り返る。
 そこには、いつも通りのポーカーフェイスのまま、けれどほんの少しだけ琥珀色の瞳を優しく細めた零がいた。
 かつての、命令にしか従わなかった「冷たい機械」なら、絶対に口にしなかったであろう言葉。

「頑張れ」
「……!」

 新那は一瞬、驚きに目を丸くした。
 けれど、すぐに胸の奥がぽかぽかと温かくなり、弾けるような満面の笑みを返す。

「うん」

 小さく、力強く頷いた。

「零もね」
「ああ」

 その直後。

「そこー!  試験前に私語すんじゃねえぞー」

 教壇から担任の鋭い声が飛んできた。

「ひゃいっ!」

 二人は慌てて前を向く。
 そんな様子に、莉子を含めた周囲の席からまたクスクスと小さな笑い声が伝播していく。
 やがて、最初の一枚目の問題用紙が裏返しのまま配られ始めた。
 ピンと張り詰めた静寂が、教室に降りていく。
 青い空から降り注ぐ、眩い夏の光。
 一学期期末考査。新那達の、新しく、そして最高に熱い戦いの幕が、今ここに上がった。