箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 それから一週間後。ついに、運命のその日がやって来た。
 ――一学期期末考査、初日。

「……」
「……」
「……」

 朝の教室は、いつもと明らかに違う異様な熱気と緊迫感に包まれていた。
 普段なら飛び交うはずのにぎやかな笑い声は身を潜め、誰もが最後の悪あがきとばかりに、血走った目で教科書や単語帳を睨みつけている。その表情は一様に、決戦を前にした兵士のそれだった。
 そんな中、窓際の席では――。
 莉子が、完全に魂の抜けた顔で机にドサッと突っ伏していた。

「終わった……」

 開口一番、世界の終焉でも迎えたかのような掠れ声。
 新那は苦笑しながら隣に視線を向けた。

「莉子ちゃん、まだ一時間目のチャイムすら鳴ってないよ?」
「始まる前から終わってる人間も、この世には存在するの……」
「大丈夫だって。あんなに勉強会やったんだから」
「大丈夫じゃない。私の脳みそは揮発性だから、寝たら全部記憶がすっ飛ぶ仕様なの」

 きっぱりと即答した莉子が、幽霊のようにゆっくりと顔を上げる。その目の下には、冗談抜きで薄っすらと色濃い隈が浮かんでいた。

「昨日、意地で午前三時まで机に向かったんだよ……」
「えっ、三時!?  凄いじゃん!」
「でしょ?  褒めて!」
「本当に偉いよ!」
「でも、途中から半分意識なかった。後半は夢の中で、織田信長と豊臣秀吉が英語で数式解いてた」
「それ、絶対に勉強してないよね?」

 新那が思わず吹き出す。すると、その楽しげな遣り取りに引き寄せられるように、後ろの席から静かで冷徹な声が響いた。

「犬丸」
「ひゃいっっ!?」

 軍隊の兵士ばりに背筋をピンと伸ばす莉子。
 振り返ると、そこにはいつも通り、ミリ単位の乱れもない端正な顔立ちの零が座っていた。
 周囲の焦燥感など何処吹く風。全く緊張している様子がない。
 当然だ。AIである彼にとって、高校の定期テストなど難易度を測定するにすら値しない、ただの「既知のデータ出力」に過ぎないのだから。

「昨日、俺が送信した最終予測問題は解いたのだろうな」
「と、解いた!  解いたよ神条先生!」
結果(スコア)は」
「……四割!」
「――低い」
「そこは『よく頑張ったな』って、人間の温かみを持って褒めるところでしょーが!」

 零は数秒間、大真面目に回路を巡らせてフリーズした。そして、ぎこちなく口を開く。

「……よく、頑張った、な」
「感情が死んでる!  あと間が怖い!!」

 緊迫していた教室のあちこちから、堪らずといった風にクスクスと笑い声が漏れた。
 最近ではクラスの誰もが、この二人のコミカルな掛け合いを微笑ましく見守るようになっていた。