箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 危険で、最高に賑やかだった勉強会がようやく一段落したのは、午後三時を回った頃だった。
 数学、国語、英語、歴史、理科、そして仕上げの容赦ない数学。
 途中で何度も莉子の魂の叫びによる休憩を挟んだとはいえ、慣れない猛勉強は二人の集中力を完全に奪い去っていた。
 そうして今、先ほどまでの喧騒が嘘のように、部屋の中はしんと静まり返っている。
 窓の外では初夏の爽やかな風が木々を揺らし、薄手のカーテンをゆっくりと膨らませていた。
 机の上には開きっぱなしの参考書やノート、お菓子の空き袋と飲みかけのジュースが散乱している。
 零は一人、それらを黙々と片付け始めた。
 空になったペットボトルをまとめ、転がった消しゴムを筆箱へ戻し、開きっぱなしの問題集を静かに閉じる。その一連の動作は何処までも効率的で、一切の無駄がない。いつもの、彼らしい作業だった。
 ふと、零は机の向こう側に視線を向けた。
 そこには、新那と莉子がいた。
 二人とも、いつの間にか机に突っ伏して眠っている。完全に「電池切れ」だった。
 莉子は「あと五分だけ……」と虚空に呟いた直後に寝落ちし、新那もさっきまで楽しそうに笑っていたはずが、いつの間にか静かな寝息を立てていた。

「……」

 零は数秒、その場で思考を巡らせる。
 現在の室温、二人の体温、風量。
 これらのデータを統合した結果、睡眠中に体温が低下し、健康状態に支障をきたす可能性があると判断した。
 零は部屋の隅に置かれていた薄手のブランケットを手に取った。
 まずは莉子。その肩へ、刺激を与えないよう精密にコントロールされた力加減で掛ける。
 続いて新那。絶対に起こさないよう、細心の注意を払ってそっと背中へ掛けた。
 二人とも目を覚ます気配はない。ただ、穏やかで小さな寝息だけが部屋に満ちていた。
 環境保全の任務を完了し、零は再び自分の椅子へと腰掛けた。
 そして――何気なく、視線が新那の方へと向く。

「……」

 眠っている彼女は、驚くほど無防備だった。
 普段の新那は、驚くほどコロコロと表情が変わる。怒ったり、笑ったり、呆れたり、照れたり。騒がしいくらいに豊かな感情を出力する。けれど今は違った。
 静かな呼吸。長い睫毛。夕暮れ前の光に透ける、柔らかな横顔。
 その姿を見つめているだけで、何故か、自身のシステム全体が深く落ち着いていく。

「……?」

 零は小さく首を傾げた。不思議だった。
 見ていると、確かに安心する。それなのに、同時に胸の奥のコアが、妙にざわざわと落ち着かないのだ。
 何かが引っ掛かっているような、未知のプログラムがバックグラウンドで走り始めたかのような感覚。
 処理しきれない膨大な情報が蓄積している時にも似ているが、それは決して不快なエラーではなかった。
 むしろ、逆だ。この温かいバグのような感覚を、彼は嫌だとは思わなかった。

「……不明だ」

 小さく呟く。内蔵された最高峰の演算装置を回しても、明確な答えは出力されない。それでも、新那から視線を離すことだけはできなかった。