箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 廊下を進み、新那の自室のドアを開ける。

「あっ、神条君!」

 莉子が嬉しそうに声を上げた。部屋の中では、零がすでに机の周辺を完璧な手際で整えて待機していた。

「もう来てたんだ!  早いねー!」

 その言葉を聞いた瞬間、新那の脳細胞が一瞬フリーズし――次の瞬間、心の中で思いきりガッツポーズをキメた。

(よしっ……!)

 神すぎる勘違いである。
 クラスメイトには『近所に住む従兄弟』と説明しているため、莉子は「零が別の家から一足先に新那の家を訪ねていた」と勝手に脳内補完してくれたのだ。

「そうだ」

 零は一ミリも表情を変えず、厳かに頷いた。

「俺が、先に到着した」

(ずっとこの家にいたけどね!)

 という新那の心のツッコミを置き去りに、零は完璧なポーカーフェイスを維持している。

「真面目ー!  私より先に来てスタンバイしてるなんて、さすが神条先生!」
「そういうものか」
「そういうもの!  よーし、じゃあ早速これ広げちゃお!」

 莉子は完全に納得した様子で、持ってきたトートバッグを机の上にドサッと置いた。
 中から出てきたのは、大量のスナック菓子、チョコレート、クッキー、そしてジュースのペットボトル。

「じゃーん!  特製・勉強会セット!」
「……これ、どう見てもお菓子パーティーのセットだよね?」
「違うもん!  三割くらいはちゃんと勉強会だもん!」
「割合が低すぎる!」

 そんな賑やかなやり取りを挟みながら、三人で一つの机を囲む。
 ノートを広げ、教科書を開き、問題集を並べる。大きな窓からは、きらきらとした初夏の日差しが差し込んでいた。
 友達と同じ机を囲んで過ごす、特別な休日。少し前の孤独だった新那なら、夢にまで見た光景がそこにあった。
 しかし、この時の犬丸莉子は、まだ知る由もなかった。
 目の前に佇む「神条零」という男が、勉強においては、あの体育祭の爆走以上の『人智を超えた怪物』であることを。

「では、最初に数学の解析を行う」

 零が、いつもよりほんの少しだけトーンを落とした「教師モード」の声で言った。

「この範囲であれば、当機の――俺の脳内計算から推測して、一時間で完全に終了する」
「え?  一時間?  結構ボリュームあるよ?」

 首を傾げる莉子を見つめ、零は至極淡々と、容赦のない事実を突きつけた。

「一時間で終わらなかった場合、それはこちらのカリキュラムではなく、受講者の理解力(スペック)に重大な問題がある」

 ――ピキィィン。
 部屋の空気が、一瞬でマイナス三十度まで凍りついた。

「神条先生、初手から辛辣すぎない!?」

 莉子の絶望の悲鳴と共に、国家機密級に危険で、最高にスパルタな勉強会が幕を開けた。