体育祭が終わってから数週間。
季節はすっかり初夏へと移り変わり、窓の外では気の早い蝉がミンミンと鳴き始めている。
あの熱祭の日々もいつの間にか淡い思い出になり、教室には穏やかで心地のいい日常が戻っていた。
昼休みが終わり、五時間目のホームルーム。
「はい、静かにー」
担任の後藤先生が出席簿で教卓を軽く叩くと、ざわついていた教室が徐々に落ち着いていく。
机の上で頬杖をつく新那は、楽しげなクラスを見渡して小さく笑った。
体育祭以降、皆の距離はぐっと縮まり、休み時間には自然と笑い声が飛び交うようになっていた。その輪の中心には、いつも彼がいる。
「神条、今度サッカーしようぜ」
「了解した」
「お前その返事まだやめないの?」
「検討する」
「検討するなよ!」
男子達と普通に言葉を交わす零。以前のような機械っぽさは随分と薄れ、たまに飛び出す「バグ」のようなズレすら、今では彼の魅力的な個性としてクラスに溶け込んでいた。
そんな様子を見守る新那の胸の奥に、じんわりと温かい安心感が広がる。
しかし、そんな平和な日常を切り裂くように、担任が黒板に冷酷な現実を書き連ねた。
――期末テスト。
「さて、体育祭も終わった。だが現実を見ろ。来週から期末テストだ。赤点取ったら夏休みは補習だからな」
その瞬間、教室の空気が完全に凍りつき、四方八方から悲鳴と恨み言が爆発した。
戦場と化した教室の中で、隣の莉子が「死んだ……」と魂の抜けた顔で机にドサッと突っ伏す。
純粋に「勉強した内容を答えるだけなのに、そこまで大変なのかな?」と首を傾げる新那に、莉子がすかさず詰め寄った。
「新那ちゃんは、この前の学力診断テスト何位だったの!?」
「え? んーと……学年三位、かな」
「帰れ!」
「なんで?」
「学年三位が赤点ライン(こっち側)に来るなー!」
理不尽に怒る莉子に苦笑していると、後ろの席から、涼しげで静かな声が鼓膜を叩いた。
「理解できない。ただ勉強をすれば良い。出来たら苦労しないという論理は破綻している」
振り返ると、そこには至極真面目な顔をした零がいた。彼の辞書に「赤点」という概念は存在しないのだろう。
「神条君……今の発言、全国の成績下位層を敵に回したよ」
「?」
本気で意味が分かっていない顔の零に、クラス中からクスクスと笑いが起きる。
と、その時。莉子の動きがピタリと止まった。何かを閃いた肉食獣のような目で、ギラリと零を見つめる。
新那の脳内で、最大級の嫌な予感のサイレンが鳴り響いた。
「ねぇ神条君。勉強、得意?」
「全教科、満点を取ることは完全に可能だ」
あっさりと豪語した零の言葉に、莉子はガタッと勢いよく立ち上がると、目を輝かせて机をバンと叩いた。
「先生だ……神条先生だ! 神条君の家で勉強会やろう!」
「ええっ!?」
新那は思わず立ち上がり、声を裏返らせた。



