箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 クラス対抗リレーが終わった後も、グラウンドの熱気はしばらく冷めなかった。
 閉会式で発表された結果は、一年B組の総合優勝。その瞬間、クラス中が歓声に包まれた。

「やったぁぁぁ!」
「優勝だーー!」
「神条ー! お前マジで速すぎだろ!!」

 興奮した男子達がアールの背中をバシバシと叩き、女子達も次々と集まってくる。
「神条君すごかった!」「動画撮ったよ!」と、揉みくちゃの質問攻めに遭うアールは、明らかに処理能力を超えた情報量に晒されていた。

「えっと……その、ありがとう?」

 ものすごくぎこちない。しかし、以前なら『了解しました』『問題ありません』としか返さなかった彼が、今はちゃんと困っていた。
 笑われれば戸惑い、褒められれば視線を逸らすその姿は、何処からどう見ても普通の男子高校生だった。
 新那は少し離れた場所からその様子を見つめ、胸の奥をじんわりと温かくする。

(良かった。これなら、誰も気付かない)

 彼がアンドロイドであることも、自分の護衛であることも。
 彼はちゃんと、この学校に自分の居場所を見つけ始めている。

「なーに見てんの」
「別に。……帰ろっか、莉子ちゃん」

 片付けも終わり、グラウンドに夕陽が差し込み始めた頃、二人は荷物を持ち上げて校門へ向かおうとした。
 その時だった。

「新那っ!」

 グラウンド中に届きそうなほど大きな声が響き、新那の心臓が跳ねた。
 毎日聞いている声。それなのに、今の呼び方だけは違った。
 護衛対象を呼ぶ声ではない。ただ一人の人間が、大切な誰かを呼び止めた声だった。
 振り返ると、夕陽に赤く染まるグラウンドの中に、彼が立っていた。
 風に揺れる鉢巻。少しだけ息を切らした姿。アールではない、R-01でもない。
 そこにいるのは、間違いなく「神条零」という一人の男の子だった。
 クラスメイト達が見守る中、零は少しだけ迷うように口を開く。

「今日は……楽しかった」

 それはプログラムされた返答でも任務報告でもない、零自身の心からの言葉だった。

「皆と走って、笑って、話して……よく分からない感覚だった。でも」

 零は真っ直ぐ新那を見つめた。夕陽がその琥珀色の瞳に反射する。

「お嬢が学校へ来たい理由が、少し分かった気がする」

 新那の胸が苦しいほどに熱くなる。
 すると、零は本当に少しだけ、不器用に、けれど確かに口元を緩めて笑った。

「だから……ありがとう」

 静寂が落ちる。誰もが一瞬だけ言葉を失っていた。
 何も言えない。だって、今の彼は誰に命令されたわけでもない、新那の胸をこんなにも高鳴らせる、世界でたった一人の男の子だったから。