箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 ゴールへ向かって真っ直ぐに、ただ独走していく彼の背中を見た、その瞬間。新那の胸の奥が、これまでにないほど激しく、壊れそうなほど強く高鳴った。

――ドクンッ!

 熱い。苦しい。息が上手く吸えない。
 視界が、急激に狭くなっていく。周囲の何千人という生徒の姿も、カラフルな応援席も、全部が急速にボヤけて消え去っていく。
 今、この世界、この広いグラウンドの中で。
 新那の瞳には、ただ一人、あの圧倒的な閃光を放ちながら走る、アールの姿しか見えていなかった。

(私の嘘に、へこんでみせるような。私のために、あんなに不器用に優しくしてくれる、私の――!)

 もう、理屈なんてどうでもよかった。
 周りの目も、秘密の護衛任務も、全部関係ない。
 新那は胸の前に両手を翳し、腹の底から、喉が張り裂けんばかりの声を張り上げた。

「――アール!!!!!!!」

 その声は、競技場を埋め尽くす狂乱の大歓声を真っ二つに切り裂き、真っ直ぐにトラックへと突き抜けた。
 世界でたった一つの、彼へ向けた、純粋な、最大出力のシグナル。

「いけええええええええええええ!!!!」

 その瞬間だった。
 ゴールまで残り僅か数メートル、誰も追いつけない絶対的な速度でトップを爆走していたアールがほんの一瞬、コンマ数秒の刹那。
 まるでその集音マイクが新那の声だけを正確にフィルタリングしたかのように、明確に、新那のいる応援席の方へとその顔を振り向いた。
 風に舞う鉢巻の向こう側。
 煌めく瞳が、真っ直ぐに新那を捉える。
 そして――彼は走りながら、新那だけに向けて、ふっと驚くほど優しく、何処か愛おしそうにその口元を緩めてみせたのだ。

(あ――)

 新那が息を呑んだ次の瞬間。

 ――バリィィィィンッッ!!

 アールの逞しい胸が、真っ白なゴールテープを勢いよく引き千切った。

「――うおおおきああああああああああああ!!」
「一位だっ!! B組大逆転勝利ィィィ!」

 ピーーーッ! という審判の長いホイッスルと友に、グラウンドに割れんばかりの、本日一番の歓声が爆発する。
 B組の男子達がアールの元へと駆け寄り、お祭り騒ぎで彼の肩を叩いていた。
 堂々の一位。圧倒的な勝利。
 けれど新那は、歓声の中に立ち尽くしたまま、自分の胸の上にそっと手を当てていた。指先へと伝わってくる心臓の音が、狂ったように熱い。
 ゴールする直前、彼は確かに、自分だけを見て笑った。
 周囲の歓声の中で、二人の世界だけが、確かに一瞬だけ繋がった。
 舞い散る赤土と、歓声の渦の中で。新那は真っ赤になった顔を両手で覆いながらも、隣で叫ぶ莉子の声すら耳に入らないほど、彼がもたらした強烈な胸のときめきの中に、深く、深く、溺れていくのだった。