人気が出ない方がおかしい。モテない方が不自然だ。
そんなことは頭では分かっているのに、胸の奥が、冷たい炭酸水でも流し込まれたみたいに、じわじわともやもやとした感情で満たされていく。
「新那ちゃーん」
「……何? 莉子ちゃん」
「顔、すっごい怖い」
「えっ?」
「めちゃくちゃ眉間に皺寄ってる。獲物を狙うハンターの顔。怖い」
「こ、怖くないし! 普通だし!」
莉子にニヤニヤしながら指摘され、新那は慌てて自分の両頬をパチパチと叩いて表情を整えた。
そんな他愛のない遣り取り繰り広げているうちに、第一走者達がスタートラインへと並ぶ。
――スッ、と。
それまで嵐のようだった歓声が引き引き、校庭全体が、まるで巨大な息を潜めるようにして一瞬の静寂に包まれた。
水を打ったような静けさの中、スターターの高く掲げたピストルだけが太陽の光を反射する。
『位置について』
各クラスの第一走者が、弾かれようとするバネのように深く身を屈めた。
『よーい――』
――パンッ!!!
鼓膜を破らんばかりの号砲。
次の瞬間、堰を切ったような大歓声がグラウンドに爆発した。
「いけええええええええ!」
「走れっ! 抜けっっ!」
第一走者達が猛烈な勢いで飛び出し、グラウンドの赤土が激しく舞い上がる。
応援席からは色取り取りのメガホンが狂ったように振られ、空気そのものが震えていた。
新那も、さっきまでのモやモやなんて何処かへ消し飛び、思わずパイプ椅子のギリギリまで身を乗り出す。
自分でも驚くくらい、胸が熱くなり、この「学校行事」という世界に深く夢中になっていた。
バトンが繋がる。
一走から二走へ。二走から、必死の形相で走る三走へ。赤土を蹴り、汗を飛び散らせながら、一本のプラスチックの管が、クラス全員の祈りを乗せて繋がっていく。
現在、一年B組の順位は二位。
トップを走るA組の俊足男子との差は、僅か数メートル。けれど、その数メートルが、トラックの上では果てしなく遠い壁のように見える。
「いける……いけるよ……!」
新那は両手を胸の前で祈るように組み、拳をきゅっと握りしめて呟いた。
そして――ついに四走者の男子が、猛烈なラストスパートをかけながら、アールの待つ最終バトンタッチゾーンへと飛び込んだ。
「神条ォォォォォ! 頼んだぁぁぁぁ!!」
限界まで喉を枯らした四走者の叫び。
アールは、助走をつけながら後ろ手に右手を伸ばし――パシィィン! と、吸い付くような完璧な音を立てて、その青いバトンを受け取った。
手加減しろ、と。人間の「ちょっと足が速い男の子」くらいで走れ、と。新那は確かにそう命じた。
けれど、バトンがその手に渡った、まさにその瞬間だった。
――ドンッッ!!
グラウンドの地盤そのものが爆発したかのような、凄まじい衝撃音が響いた。
アールが、左足で爆発的に地面を蹴ったのだ。その一歩だけで、文字通り「弾丸」が銃口から放たれたかのような、凄まじい加速が生まれた。
周囲の応援席から、驚愕と混乱の入り混じった悲鳴が上がる。
速い。手加減なんて、しているはずだ。
ギヤはせいぜい二速か三速のはずなのに――それでも、人間の高校生とは、走りの「次元」が違いすぎた。
一歩目で、トップとの数メートルの距離を一瞬にしてゼロに縮める。
二歩目で、並びかける。
そして、三歩目――コーナーへ突入すると同時に、一切の減速を見せることなく、まるでカミソリのような鋭さでトップの走者を外側から鮮やかに追い抜いた。
「はぁぁぁぁぁ!? 何だあいつ!!」
「嘘だろ!? 速すぎるっっ!」
「神条! そのままいけええええ!!」
会場中が、地天をひっくり返したようなどよめきと大歓声に包まれる。
新那も、気がつけばパイプ椅子から完全に立ち上がっていた。
初夏の日差しを全身に浴びながら、信じられないほどのストライドで長い脚が地面を猛然と蹴り上げる。
一切のブレがない、美しすぎるほど真っ直ぐな走行フォーム。
風の抵抗すら味方に変えているような、完璧な肉体の駆動。
砂埃を黄金色のオーラのように引き連れて、トラックの直線を猛進するその後ろ姿は――美しく、気高く、まるで風そのものが人の形をして駆けているかのようだった。
そんなことは頭では分かっているのに、胸の奥が、冷たい炭酸水でも流し込まれたみたいに、じわじわともやもやとした感情で満たされていく。
「新那ちゃーん」
「……何? 莉子ちゃん」
「顔、すっごい怖い」
「えっ?」
「めちゃくちゃ眉間に皺寄ってる。獲物を狙うハンターの顔。怖い」
「こ、怖くないし! 普通だし!」
莉子にニヤニヤしながら指摘され、新那は慌てて自分の両頬をパチパチと叩いて表情を整えた。
そんな他愛のない遣り取り繰り広げているうちに、第一走者達がスタートラインへと並ぶ。
――スッ、と。
それまで嵐のようだった歓声が引き引き、校庭全体が、まるで巨大な息を潜めるようにして一瞬の静寂に包まれた。
水を打ったような静けさの中、スターターの高く掲げたピストルだけが太陽の光を反射する。
『位置について』
各クラスの第一走者が、弾かれようとするバネのように深く身を屈めた。
『よーい――』
――パンッ!!!
鼓膜を破らんばかりの号砲。
次の瞬間、堰を切ったような大歓声がグラウンドに爆発した。
「いけええええええええ!」
「走れっ! 抜けっっ!」
第一走者達が猛烈な勢いで飛び出し、グラウンドの赤土が激しく舞い上がる。
応援席からは色取り取りのメガホンが狂ったように振られ、空気そのものが震えていた。
新那も、さっきまでのモやモやなんて何処かへ消し飛び、思わずパイプ椅子のギリギリまで身を乗り出す。
自分でも驚くくらい、胸が熱くなり、この「学校行事」という世界に深く夢中になっていた。
バトンが繋がる。
一走から二走へ。二走から、必死の形相で走る三走へ。赤土を蹴り、汗を飛び散らせながら、一本のプラスチックの管が、クラス全員の祈りを乗せて繋がっていく。
現在、一年B組の順位は二位。
トップを走るA組の俊足男子との差は、僅か数メートル。けれど、その数メートルが、トラックの上では果てしなく遠い壁のように見える。
「いける……いけるよ……!」
新那は両手を胸の前で祈るように組み、拳をきゅっと握りしめて呟いた。
そして――ついに四走者の男子が、猛烈なラストスパートをかけながら、アールの待つ最終バトンタッチゾーンへと飛び込んだ。
「神条ォォォォォ! 頼んだぁぁぁぁ!!」
限界まで喉を枯らした四走者の叫び。
アールは、助走をつけながら後ろ手に右手を伸ばし――パシィィン! と、吸い付くような完璧な音を立てて、その青いバトンを受け取った。
手加減しろ、と。人間の「ちょっと足が速い男の子」くらいで走れ、と。新那は確かにそう命じた。
けれど、バトンがその手に渡った、まさにその瞬間だった。
――ドンッッ!!
グラウンドの地盤そのものが爆発したかのような、凄まじい衝撃音が響いた。
アールが、左足で爆発的に地面を蹴ったのだ。その一歩だけで、文字通り「弾丸」が銃口から放たれたかのような、凄まじい加速が生まれた。
周囲の応援席から、驚愕と混乱の入り混じった悲鳴が上がる。
速い。手加減なんて、しているはずだ。
ギヤはせいぜい二速か三速のはずなのに――それでも、人間の高校生とは、走りの「次元」が違いすぎた。
一歩目で、トップとの数メートルの距離を一瞬にしてゼロに縮める。
二歩目で、並びかける。
そして、三歩目――コーナーへ突入すると同時に、一切の減速を見せることなく、まるでカミソリのような鋭さでトップの走者を外側から鮮やかに追い抜いた。
「はぁぁぁぁぁ!? 何だあいつ!!」
「嘘だろ!? 速すぎるっっ!」
「神条! そのままいけええええ!!」
会場中が、地天をひっくり返したようなどよめきと大歓声に包まれる。
新那も、気がつけばパイプ椅子から完全に立ち上がっていた。
初夏の日差しを全身に浴びながら、信じられないほどのストライドで長い脚が地面を猛然と蹴り上げる。
一切のブレがない、美しすぎるほど真っ直ぐな走行フォーム。
風の抵抗すら味方に変えているような、完璧な肉体の駆動。
砂埃を黄金色のオーラのように引き連れて、トラックの直線を猛進するその後ろ姿は――美しく、気高く、まるで風そのものが人の形をして駆けているかのようだった。



