けれど、新那の胸の奥は、まるで冷たい泥を流し込まれたように重苦しかった。
ただの知り合いだから。お守りみたいなものだから。
そうやって、自分の都合で彼を便利な枠組みに押し込めて、さっきグラウンドを走っている時に感じた、あの胸の特大の高鳴りに、完全に蓋をして嘘を吐いた。
「あはは、なーんだ! そういうことか!」
判定係の先輩は、新那の必死すぎる弁明に納得したように笑った。
「家が近所の過保護な従兄弟枠ね! 了解了解、じゃあ文句なしで正解! 一年B組、ポイント加算ね!」
「あ……はい。ありがとうございました」
新那はペコリと頭を下げると、逃げるようにしてテントを後にした。
自分のクラスの応援席へと戻る帰り道。隣を歩くアールは、相変わらず一言も発しない。
「……アール」
新那は、グラウンドの砂を見つめたまま、消え入りそうな声で話し掛けた。
「ごめんね。変な言い訳に付き合わせちゃって。……あそこでこう言っておかないと、ほら、アンドロイドだってこととか、護衛だってこと、皆に怪しまれちゃうから」
言い訳に対する、言い訳。
新那は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
アンドロイドであることや、護衛としての立場を守るための最適解。
自分の吐いた嘘は、彼にとってただの「正しいデータ処理」として処理されたのだと、そう思った。
けれど、隣を歩くアールの足が、ふいに止まった。
新那が驚いて足を止めると、アールは真っ直ぐに前を向いたまま、ぽつりと言葉を漏らす。
「……何故、嘘を吐いた」
「え?」
新那は思わず目を丸くした。
いつものシステム的な合成音声ではない。
そこから冷徹な響きが綺麗に抜け落ちた、驚くほど生々しい、普通の年頃の男の子のような声だった。
アールはゆっくりと新那の方へ顔を向ける。その瞳は、いつものように淡々とデータを分析しているのではなく、何処か困ったような、少しだけ残念そうな光を帯びて新那を見つめていた。
「周囲への隠蔽工作として、それが正しい判断だっていうのは……システム的にも理解できる。だが」
アールは一度言葉を切り、自分の大きな掌をじっと見つめた。さっきまで、新那の小さくて温かい手を、確かに握り締めていたその手を。
「さっきグラウンドを走っていた時、お嬢は俺を『大切な人だ』って言ってくれた。俺の演算装置は、その言葉を事実として受け取った。……だから、あそこで『ただの従兄弟』と言われて、その……少し、変な感じがした」
「アール……」
「お守りとか、お兄ちゃんとか、そういう都合のいい枠を付けないと、俺と一緒に走ってはならなかったのだろうか? 」
最後に、アールはふぅと、ため息のようなノイズを小さく吐き出した。
それは完璧なアンドロイドとしてのバグ報告なんかじゃない。
好きな女の子から、皆の前で「ただの知り合い」だと一線を引かれてしまった、何処にでもいる不器用な男子高校生の、精一杯の拗ねた本音そのものだった。
事実でありながら、本心に嘘を吐いた新那。
そして、その嘘に対して、機械的な定義を超えて「残念だ」とへこんでみせたアール。
気まずいような、けれどどうしようもないくらいに愛おしい沈黙が二人の間に流れる。
新那は真っ赤になった顔を隠すように鉢巻の端を引っ張りながらも、彼の中に芽生えた確かな「心」の愛おしさに、胸の鼓動をさらに激しく跳ね上がらせた。
ただの知り合いだから。お守りみたいなものだから。
そうやって、自分の都合で彼を便利な枠組みに押し込めて、さっきグラウンドを走っている時に感じた、あの胸の特大の高鳴りに、完全に蓋をして嘘を吐いた。
「あはは、なーんだ! そういうことか!」
判定係の先輩は、新那の必死すぎる弁明に納得したように笑った。
「家が近所の過保護な従兄弟枠ね! 了解了解、じゃあ文句なしで正解! 一年B組、ポイント加算ね!」
「あ……はい。ありがとうございました」
新那はペコリと頭を下げると、逃げるようにしてテントを後にした。
自分のクラスの応援席へと戻る帰り道。隣を歩くアールは、相変わらず一言も発しない。
「……アール」
新那は、グラウンドの砂を見つめたまま、消え入りそうな声で話し掛けた。
「ごめんね。変な言い訳に付き合わせちゃって。……あそこでこう言っておかないと、ほら、アンドロイドだってこととか、護衛だってこと、皆に怪しまれちゃうから」
言い訳に対する、言い訳。
新那は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
アンドロイドであることや、護衛としての立場を守るための最適解。
自分の吐いた嘘は、彼にとってただの「正しいデータ処理」として処理されたのだと、そう思った。
けれど、隣を歩くアールの足が、ふいに止まった。
新那が驚いて足を止めると、アールは真っ直ぐに前を向いたまま、ぽつりと言葉を漏らす。
「……何故、嘘を吐いた」
「え?」
新那は思わず目を丸くした。
いつものシステム的な合成音声ではない。
そこから冷徹な響きが綺麗に抜け落ちた、驚くほど生々しい、普通の年頃の男の子のような声だった。
アールはゆっくりと新那の方へ顔を向ける。その瞳は、いつものように淡々とデータを分析しているのではなく、何処か困ったような、少しだけ残念そうな光を帯びて新那を見つめていた。
「周囲への隠蔽工作として、それが正しい判断だっていうのは……システム的にも理解できる。だが」
アールは一度言葉を切り、自分の大きな掌をじっと見つめた。さっきまで、新那の小さくて温かい手を、確かに握り締めていたその手を。
「さっきグラウンドを走っていた時、お嬢は俺を『大切な人だ』って言ってくれた。俺の演算装置は、その言葉を事実として受け取った。……だから、あそこで『ただの従兄弟』と言われて、その……少し、変な感じがした」
「アール……」
「お守りとか、お兄ちゃんとか、そういう都合のいい枠を付けないと、俺と一緒に走ってはならなかったのだろうか? 」
最後に、アールはふぅと、ため息のようなノイズを小さく吐き出した。
それは完璧なアンドロイドとしてのバグ報告なんかじゃない。
好きな女の子から、皆の前で「ただの知り合い」だと一線を引かれてしまった、何処にでもいる不器用な男子高校生の、精一杯の拗ねた本音そのものだった。
事実でありながら、本心に嘘を吐いた新那。
そして、その嘘に対して、機械的な定義を超えて「残念だ」とへこんでみせたアール。
気まずいような、けれどどうしようもないくらいに愛おしい沈黙が二人の間に流れる。
新那は真っ赤になった顔を隠すように鉢巻の端を引っ張りながらも、彼の中に芽生えた確かな「心」の愛おしさに、胸の鼓動をさらに激しく跳ね上がらせた。



