箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 二人は並んでゴールラインを駆け抜ける。
 ピーッ!  と審判のホイッスルが鳴り響き、順位が確定した。
 上位に食い込んだクラスメイト達の歓声に包まれながら、新那は激しく上下する肩を落ち着かせようと、何度も何度も深呼吸を繰り返した。
 繋いでいた手が、するりと離れる。
 その瞬間の、ほんの少しの寂しさを誤魔化すように、新那は自分の太ももに両手を当てて息を整えた。
 アールはといえば、呼吸を必要としないはずなのに、新那のペースに同期させるようにして、静かにその場に佇んでいる。

「神条さーん!  お題の確認お願いしまーす!」

 トラックの脇に設けられた正解判定係のテントから、上級生らしき係員の先輩が大きな声で手招きをしていた。
 新那は「は、はい!」と答えて、アールを伴ってテントへと向かう。
 係員の先輩は、新那の横に直立不動で立つアールを少しだけ興味深そうに見つめた後、にこりと笑ってクリップボードを差し出してきた。

「はい、じゃあ引いた紙を見せて。何のお題だった?」
「えっと……これです」

 新那は、掌の汗で少しだけしわくちゃになってしまった白い紙を、そっと差し出した。
 先輩がそれを裏返し、マジックで書かれた文字を読み上げる。

「えーっと、お題は……『大切な人』、ね」

 その瞬間、判定係の先輩達の間で「おーっ」と小さな歓声と、何処か生温かい笑いが漏れた。
 隣のレーンでゴールした他クラスの女子生徒達も、「え、あの子、あの神条くんを『大切な人』で連れてきたの……?」と、色めき立った視線をこちらに寄せてくる。
 新那の心臓が、またドクンと嫌な音を立てて跳ねた。
 マズい、と思った。
 学校行事のノリとはいえ、このお題で男子を連れてくることが、周囲にどういう「意味」として受け取られるか。
 熱くなっていた頭が急激に冷えていき、高校生としての理性が、新那の脳内で一斉に警報を鳴らし始める。

(違う。変な意味じゃない。私とアールは、そういう『恋愛関係』とか、そんなんじゃ全然ない。ただの護衛と対象で、アールは機械で、私は……)

 自分に言い聞かせるように、胸の中で激しく言い訳を繰り返す。
 これ以上、周囲に変な勘違いをされて、アールの存在や自分の立場が目立ってしまうわけにはいかない。何より、隣にいるアールに「不合理な行動だ」と判断されてしまったら、せっかく繋いだ手の温もりまで、ただのエラーとして処理されてしまうような気がして、それが怖かった。
 周囲の視線が集中する中、新那はわざとらしく、あはは、と引き攣った笑い声を上げて見せた。

「あ、あの!  違うんです!  これ、本当にそういう深い意味とかは全然なくて!」

 新那は判定係の先輩達に向かって、必死に手を横に振る。
 そして、隣にいるアールをチラリと見上げ、事実でありながら、自分の本心には決定的な嘘を突くための言葉を、一気に捲し立てた。

「あの、私、中学校の時学校に通えてなくて、友達の作り方とか全然分からなくて……!  今日の体育祭も、本当はすごく緊張してたんです。でも、彼――零くんは、私の親の……その、従兄弟で、家が近所で。だから、私が学校で困らないようにって、いつもこうやって、過保護なくらい近くで見守ってくれてるんです!」

 一息でそう言うと、新那は胸の奥がチクリと痛むのを隠すように、さらに言葉を重ねる。

「だから、私にとって彼は、この学校で一番『信頼できる人』っていうか……知り合いとしての、その、お兄ちゃんみたいな、お守りみたいな存在なんです!  だから『大切な人』っていうお題を見た時、一番に頭に浮かんだのが彼だっただけで……本当に、他には何も無いんです!」

 ――事実。
 幼馴染のような、親の兄弟の子供だから従兄弟であるというカモフラージュ。
 困らないように見守ってくれているという役割。
 それは何一つとして間違っていない、周囲を納得させるための完璧な「事実」の顔をした言い訳だった。