箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい

 仕様書通りのデータなんかではない。
 冷たい電子回路の塊なんかではない。
 世界で一番過保護で、世界で一番不器用で、そして――今の新那にとって、世界で一番特別な。

「……アール」

 名前を呟いた瞬間、胸の奥のモヤが完全に晴れた。
 新那はもう、迷わなかった。
 お題の紙を指先でぎゅっと握り締めると、弾かれたように顔を上げ、一直線に自分のクラス――一年B組の観覧席へと目を向けた。
 青いメガホンを掲げてお祭り騒ぎで盛り上がっているクラスメイト達。その賑やかでカラフルな集団の中で、一際異彩を放ち、周囲からほんの少しだけ浮いている、頭一つ分背の高い見慣れた人影。
 周りの狂乱に一ミリも同調することなく、グラウンド上の新那の姿だけをその瞳でじっと、真っ直ぐに追い続けている人物。

 ――アール……いや、神条零。 

 初夏の日差しが照りつけるグラウンドを挟んで、二人の視線が、遮るものもなく真っ直ぐに交錯した。
 新那の瞳が、熱い確信と、抑えきれない感情を乗せて彼を捉える。
 アールは、新那のその視線の「意味」を察知したのか、あるいは彼女の心拍数の急激な上昇を遠隔で感知したのか、前髪の隙間でほんの僅かに眉のラインを動かした。

(ここで彼を選んだら、周りにどう思われるか分からない。護衛だってこと、アンドロイドだってこと、隠さなきゃいけない理由はたくさんあるけれど……)

 でも、今だけは。
 この最高に輝いている体育祭の瞬間だけは、守られる対象だとか、そんな窮屈な肩書きは全部投げ捨ててしまいたかった。
 ただの『神条新那』として、大好きな“人”の手を引いて、この広いグラウンドを皆と一緒に、全力で駆け抜けてみたい。

「――アール!!」

 新那はグラウンドの中央から、喉が張り裂けんばかりの声で、その名前を叫んだ。
 それは周囲の大歓声をも一瞬で突き抜けるような、澄んだ、真っ直ぐなシグナルだった。
 新那は握り締めた紙を強く胸に抱いたまま、もう一歩も躊躇うことなく、再び激しく地面を蹴り出した。
 目指すのは、夕陽の光の中に伫んでいたあの頼もしい背中。
 世界でたった一人の、大切なアンドロイドの元へと、新那は全力で駆け出し始めた。