ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 右手に巻いた包帯が解けていても、決して離れることはしなかった。
 もう二度と離れないと訴えるように、ナギサはぎゅっと腕に力を込める。

「聞きたいこと……?」
「はい。この白鷺家の、過去についてです」

 こうして抱き寄せたまま話を続けるのは、極力小さい声量でも聞こえるようにするため。
 ナギサの予測が正しければ、この屋敷の壁は驚くほどに薄く設計されている。普通の話し声でも隣の部屋まで聞こえるのだ。
 というのは都合のいい理由で、実際は少しでも近くにいたかったと言ったら愚か者なのだろう。

「……今更、何を知りたいの?」

 ミアの声は、僅かに硬かった。拒絶ではない。
 ただ、触れてほしくない場所に指が掛かった時のあの反射。

「全部です。何故、“あの孤児院”が閉じられたのか。何故、子供達が突然いなくなったのか。そして――」

 ナギサは一瞬だけ言葉を切り、顔を離してミアの目を見つめた。

「何故、貴女だけがここに残されたのか」

 遠くで、時計の針が一つ進んだ音だけがやけに大きく響いた。

「他にもあります。どうして朔春さんともあろう人が、佐倉君が流した嘘の情報に釣られたのか。佐倉君は何を企んでいるのか」

 ミアが朔春を拒絶する理由は何なのか。
 イツキが婚約を破断させたがる理由は何なのか。
 ナオは一体アキラ側なのかこちら側なのか。
 アキラ達は何を企んで婚約を推し進めようとしているのか。

「どうして、僕が八人目だったんですか」

 辞めていった、否、辞めさせられた七人の執事達の正体とは。

「知って、しまったのね」
「隠されるのはまだいい。でも、天城家の人間から聞かされたのは許せません」
「天城家の、人間から? おかしいわ、どうして貴方が天城家の人間なんかと───」

 はっと息を呑む声が既で止められる。口元を手で覆ったミアの顔がみるみる内に青ざめていった。

「まさか……」
「あのデートの日、僕達をつけていた天城家の使者が白鷺家の過去について話したんです。孤児院ってのと、白鷺家が過去に潰れかけたこと、ミアお嬢様に仕えていたけど辞めた七人の執事のこと」

 何故、あの男がここまでの情報を握っていたのかは分からない。
 それでも、知ってしまったからには全てを知る必要があった。これから先もミアに仕える執事でいるためには。

「教えてください。あの時、君は一人で何をしていたんだ」

 孤児院にいた頃、一人でいたミアが一体何をさせられていたのか。
 自分が孤児院を去ってから白鷺家に何があったのか。
 まだ断片的にしか思い出せていない。だから、ミアでも誰でも話を聞き出すしかないのだ。