ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される








 昔、昔。
 山奥に大きなお城がありました。
 そのお城にはたくさんの子供達がいて、毎日仲良く暮らしていました。
 
「ねぇ、私も入れて?」

 ですか、一人だけ輪に入れずにいる子供がいたのです。
 
「えー、やだよ。お前と遊ぶと、お父さん達が怒るんだ」
「『外で遊ぶと美愛が傷付くだろう』って言われるじゃんか。お前と遊ぶって言ったら人形遊びくらいだし、つまんないよ」

 このお城には唯一のお姫様がいます。
 誰よりも綺麗な洋服を着て、いつも可愛いと言われていました。
 しかし、誰よりも自由がなかったのもまた彼女。少女は、皆から『籠の中の鳥』と呼ばれていました。

「うぅ……うぐっ………ひぐっ、ぐすっ……」

 少女はいつも大きなお庭の端っこに座り込み、誰にも知られず涙を流しました。
 お城にいる人達には知られていない場所。
 いつも一人で泣いていることを知っている人などいませんでした。
 けれど、ある日そんな少女の前に一人の少年がやって来ました。

「泣いてるの?」

 目の前に屈んだ少年は、顔を覗き込むようにして問い掛けます。
 少女は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げました。そして、はっと息を呑みました。

「泣いていたら、幸せが逃げるよ」

 少年は小さな手を伸ばし、少女が流す大粒の涙を拭います。
 
「可愛い服だね」
「……お気に入りのワンピースなの」
「そうなんだ。似合ってる!」

 少女が着ていたのは、ひらひらとしたレースが広がる水色のワンピース。
 両親から買ってもらった大切な一着です。

「ねぇ、僕と一緒に遊ぼうよ」
「私と遊ぶとつまらないって……」
「怪我をするようなことをしなかったらいいんでしょ。僕、良い所知っているんだ」
「えっ! ま、待って!」

 少年は強引に少女の腕を掴み、立ち上がらせると庭を出ていきます。
 このお城には掟があり、子供だけで外に出てはいけません。出てしまえば、怖いお仕置きが待っています。

「だ、駄目だよ! 街には行っちゃいけないってお父様達が!」
「ずっと部屋の中にいる方がつまらないよ。僕がいるから大丈夫だよ」

 振り返って笑った少年の右目には、分厚く包帯が巻かれていました。
 少女はそんな少年の姿を見て恐怖します。しかし、外の世界への興味が勝ってしまいました。
 引き返さず、手を引かれるままに山を下っていきます。

「うわああ……これが街?」

 山を下った先に広がっていたのは、少女の知らない未知なる世界でした。

「ほら、行こうっ!」

 今だけは何もかもを忘れ、二人は街の中を走りました。
 たくさんの人、たくさんの車、たくさんの店。どれも目移りするほど輝いています。
 そうして走り続けると、少年がとあるお店の前で立ち止まりました。

「このお店は何?」
「ゲームセンターだよ。いろんなゲームがあるんだ」
 
 ネオンの看板が目を引くゲームセンターは、少女にとって初めての場所です。
 一人では到底入れませんが、少年が手を引いたからすぐに入ってしまいました。

「可愛いぬいぐるみだ。こっちはハンドルがある!」
「クレーンゲームと、車の対戦ゲームだよ。あっちはメダルゲームで、そっちはプリクラ」
「たくさんあるんだね。貴方は何のゲームが好きなの?」
「僕? 僕はね……」

 手を繋いだまま、少年はゲームセンターの奥へと進んでいきます。
 そこにあったのは、二台のゲーム機が向かい合った格闘ゲームでした。
 少女をゲーム台の前に座らせると、少年も向かいに座ります。

「そこのレバーを持って、ここぞという時にボタンを押すんだよ。チュートリアルがあるから、それに従えば良い」
「わ、分かった」

 これが最初で最後の二人きりの時間でした。
 次の日、少年は新しい家族が見つかってお城を出ていってしまったのです。
 少女はまた一人になってしまいました。