ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される


「いっっっっっっっっっっつ!」

 口元に消毒液を染み込ませた綿が乱暴に押し当てられる。
 何度も何度も叩きつけるように当てられるそれには、じんわりと赤い血が滲んだ。

「ミアお嬢様ぁ……そろそろ何か言ってくださいよ」
「………」

 返事をする代わりにもう一度強く綿を押し当てる。ぴりりとした痛みが口角を襲った。

「高を括っていたのは自覚しています。ナオさんにバレたのも悪いと思って───」
「違う」

 ショッピングモールではなく、屋敷の中のミアの部屋に静かな声が落ちる。
 感情を押し殺しているはずなのに、その声はやけに悲しげに聞こえた。

「違うのよ。あんたが一人で戦ったとか、ナオに作戦がバレたとかそんな事はどうだっていい」
「お嬢様?」
「わ、私はただ……」

 膝の上に置いた手が震え、その震えを抑えるためにぎゅっと握り締める。どれだけ握っても、震えは止まらない。

『好きなら好きって言いなよ』

 素直に言えたら、きっとこんなにも怖がることはない。
 たった一言言うだけなのに、怖くてたまらないのだ。もしかしたら、どうせ、そんな言葉ばかりが頭に浮かんでは消える。

「───失礼します」

 ふわっと消毒液の匂いがミアの鼻腔を擽った。
 次の瞬間、眼前にナギサの顔が迫ったかと思うと、頬に絆創膏だらけの手が触れた。
 何かを拭うようにして動くその手は、生きていると証明するかのように温かい。

「な、なななななな何してんのよっ!」
「いや、だって泣いてるから」
「泣いてなんか───……」

 つうっと、頬を一筋の涙が伝った。

「え……?」

 頬に触れていたナギサの右手首を掴むなり、一粒だけだった涙が次から次へと溢れ出してくる。
 空いている右手で拭うのに、涙腺が切れてしまったのか止まる気配がない。

「お嬢様」
「ち、ちがっ……嫌。やめて、来ないでっ!」
「お嬢様、お嬢様」
「違うの! これは───……」

 何度も来ないでと叫んで、掴む手を振り払おうとするのに、ナギサとの距離は縮まるばかり。
 涙で歪んだ視界に映るのは、やけに穏やかな微笑みを浮かべるナギサだった。
 微笑んで涙を拭い、そしてそっと抱き寄せる。

「な……ぎ…………」
「“泣いていたら、幸せが逃げるよ”」

 腰まであるウェーブがかった茶髪を優しく撫でながら、ナギサは子供を諭すように言った。

「ミアお嬢様、少しお聞きしたいことがあります」

 髪を撫でていた手を後頭部に移し、強く抱き寄せた。