ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される


(……ああ、これ)

 ふいに、バラバラだった思考が一つに繋がる。

(格ゲーみたいだ)

 それに気が付いた瞬間、世界の見え方が一気に切り替わる。
 視界の端に、ありもしないゲージが浮かぶような感覚。
 距離。リーチ。発生。差し合い。
 さっきまで掴みどころのなかった“現実”が、急に輪郭を持ち始めた。

「ふぅ……」

 ゲーム台のレバーを握るように拳を握ると同時に、男の肩が僅かに揺れた。

(来る)

 僅かな予兆を捉えた瞬間、時間が引き延ばされたように感じた。
 踏み込み。今度は、はっきりと見える。
 一直線に伸びる突き。
 無駄を削ぎ落とした、最短の軌道。

(中段、発生が速い——……でも、単調だ)

 結論に至るより先に、身体が応じる。
 地面を蹴り、横へ滑る。
 拳は、髪先を掠めるだけで空を切った。
 そのまま勢いを殺さず、ナギサは一気に間合いを詰める。迷いなく、相手の懐へと踏み込んだ。

「——っ!」
 
 間合いに滑り込んだ勢いのまま、反射的に拳を振り抜く。
 当たる、そう確信した刹那。

「うわっ!」

 だが、ガシッと、鈍い音と共に手首がぴたりと止められた。

(読まれてる!?)

 嫌な確信が、遅れて胸を掠める。
 次の瞬間、強引に引き寄せられた。体勢が崩れ、防ぐ間もなく、膝が下から突き上げるように腹へと食い込んだ。

「ぐっ……!」

 肺の奥の空気が、一瞬で押し出される。呼吸が途切れたまま、身体が軽く浮いた。
 次の瞬間には、背中から叩きつけられる。
 鈍い衝撃が、遅れて全身に広がった。コンクリートの硬さが、容赦なく伝わってくる。

「いっつ……っ! が、はっ……はぁ」

 視界がぐらりと揺れる。
 焦点が合わない。
 息を吸おうとしても、肺が上手く応じなかった。

(……強すぎる……)

 肺に残っていた僅かな空気を吐き出しながら、ナギサは歯を食いしばる。
 この男は、ただの使者じゃない。
 動きに迷いがなく、力任せでもない。最短で、相手を確実に仕留めるための動き。

 ——完全に、“戦う人間”。

 戦闘兵器として育てられたような男。戦闘を知り尽くしているからか、男は深追いしようとしなかった。
 倒れたナギサに構うことなく、すっと間合いを引く。
 余計な一歩も踏まず、ただ静かにこちらを見据えている。
 追撃は来ない。
 けれど、その沈黙は優しさではなく、むしろ「立て」と言われているようだった。

「訳、分かんねぇ……っ」

 まだ終わっていない、ここで終わるつもりもない。そんな無言の圧が、じわじわと空間を満たしていく。
 ナギサはゆっくりと息を整えた。肺がようやく動き出す。