ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 張り詰めた緊張感が静かな地下駐車場に広がる。

「白鷺の籠の中の鳥。佐倉の決して開かぬ金庫の扉……くくっ」

 顔全体を手で覆いながら振り返った男は、指の隙間からナギサの姿を捉えた。
 ゆっくりと上下する瞳は、値踏みをするように舐め回す。何処から壊すのかを定めているように。

「ああ、ああ……なるほど」

 その声が落ちた時、全身に伸し掛かる圧力が襲った。
 思わず噎せ返りそうになるほどの緊張感。立っているだけでもやっとなほどだ。
 本能が危険を叫んでいる。今すぐ逃げろと、この男に近づいてはいけないと。一歩、二歩と足が下がっていく。

「白鷺が外から拾ってきたのは、貴様か」
「は……?」

 ひゅんっと音を立てて、正面から何かが飛んでくる。
 反射で微かに首を傾けると、左頬に赤い一線ができた。背後でカランと何か金属らしきものが落ちる。

(……ナイフ?)

 それに気付いた瞬間、得も言われぬ恐怖が全身を支配していく。
 やはりこの男は普通ではない。ショッピングモールの中でナイフを所持し、あろうことか人へと投げつけたのだ。
 一本だけではなく、複数本所持しているに違いない。安易に近づけば、切り刻まれる。

「七が失敗した理由が、ようやく分かった」
「七……だって?」

 ——七。
 その数字が妙に引っ掛かる。何処かでその数字を耳にした気がした。

「……七って、何の話だ」

 問い返した瞬間、男の目がほんの少しだけ細められる。

「知らされていないのか」

 何か触れてはいけないものに、踏み込んではいけない場所に自分がいる。そんな気がしてならない。

(……何の話だ)

 七人。
 執事。
 辞めていった人間達。
 頭の中で、点と点が勝手に繋がり始める。

『一人目は可愛げがないと言って辞めた。二人目は扱いが雑だと言って辞めた。三人目は定年退職。四人目は母のファンだったけど全く会えなくて辞めた。五人目は家の財産目当てだったことがバレてクビ。六人目は暴行事件を起こして刑務所行き。七人目は───』

 頭の中でミアに聞かされた七人の執事に関する話が蘇る。
 自分が来るずっと前の白鷺家のことも、七人の執事のことも、全部ナギサは知らないままだった。

「お前、自分が“何人目”か理解しているか?」
「……八人目」

 そう答えた瞬間、男の口元が僅かに歪む。
 望んでいた答えを聞けた喜びのような、期待通りの回答聞けたとばかりに不敵な笑みを浮かべる。

「なら、その前の七人がどうなったかも聞いているはずだ」
「辞めたって——」
「辞めさせられた、の間違いだ」

 男の声は変わらない。だが、その一言にだけ、僅かな冷たさが混じった。
 言葉の続きを、聞きたくないと本能が告げている。

「役に立たなかった者。知りすぎた者。あるいは——」

 そこで、男は言葉を切る。
 その沈黙が、やけに長く感じられた。

「“消す必要があった者”」

 言葉が落ちた瞬間、空気が一段と冷えた気がした。
 理解が追いつくより先に、背筋を何かがなぞる。

「……何言ってんだよ」

 そんなはずはない。
 ただの執事だ。屋敷で働いて、仕えて、それだけのはずだ。