ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される


「ミアちゃんって、嫉妬深いんだぁ」
「あんた、殴られたいの?」
「んー。ミアちゃんになら殴られてもいいかも」

 ───バシッ。

「って!」
「もういいわ! あんたといるとイライラする!」

 手にしていた水色のワンピースを元に戻し、脇目もくれずに店を出る。
 今更ながら、浬の図星を的確に射抜いた指摘を肯定するようなことを言わなければよかったと後悔する。
 相手はサイバー、インターネット、SNS、それ以外の世界中に存在する情報という情報を牛耳る男。
 どんなに小さな情報源でも、そこから芋蔓式に謎を解き明かすのだ。

「おーい、待ってよ。一人で行くなってー」

 返事をすることすら腹立たしく、アパレルショップの前で次に向かう店の目星を付ける。
 遅れて店を出てきた浬が隣りに立ったが、一切目を向けなかった。

 ───ピコン。

 と、その時。
 
「ん、地味助からだ」
「ナギサ……っ!」

 彼の存在に気づけば、どうしてもそこに意識が引っ張られる。
 スマホを取り出し画面を見た浬は、ミアも見えるように少し下げる返信を打ち込む。

『作戦通りだ』

 その一文を読んだ瞬間、胸の奥にある心臓がドクンと大きく跳ねた。
 それは、このデート作戦が終わりへと向かっているということ。浬の読みが当たったのだ。
 顔を上げれば、エスカレーター脇の植え込みに身を隠していたナギサと目が合う。
 安心付けようとしているのか、似合わない微笑みを浮かべると走り出してしまった。

「あいつなら、やってくれる」

 地味助だとイジっているくせに、自分の方が上だと思っているのに、こういう時は迷いなくナギサを信じようとする。
 疑いも何もなくそう言える浬がただ羨ましかった。

「君が言ったんだ。“私だけはナギサを信じているから”って」
「……ええ。信じてるわよ」

 傍には自分がいると言った時、違う。
 自分は執事を辞めないと言った時、違う。
 突然イツキが屋敷に連れて来た時、違う。
 もっとずっと前から、ナギサのことは信じているのだ。

「恋の力はすげぇな。俺もそんな恋してみてぇ」
「そんな、って……どういう恋よ」
「ずーっと昔に好きだった人が、月日が経って戻ってきてくれるような恋かな」

 浬の勝手な妄想だ。勝手な理想で、勝手なことを語っているだけ。
 まさか、ミアの過去を知っているわけではあるまい。

「いないの? あんたにはそういう人」
「ないね。俺は自由が好きだから、恋愛して縛られるくらいならしない」

 では、過去に想いを寄せた相手がいて、今もその人のことを引き摺っているミアはどうなる。
 恋というものに縛られ、振り回されている今、自由なんて夢のまた夢なのではないか。
 無意識の内に目を逸らしていたミアには、手を繋ごうとして辞めた浬の手に気づくことはなかった。