ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 咄嗟にスマホを取り出し、メッセージアプリを開くと浬の連絡先を開く。

『作戦通りだ』

 メッセージを送ってから顔を上げると、次の店へと向かおうとしていた浬がスマホの画面を見た。
 隣りにいたミアが背伸びをして覗き込んでいる。

『行けるか?』
『任せて』

 そう返信すると、先にいた二人の視線を感じてもう一度顔を上げた。
 確かに二人がナギサを見ている。浬は自身に満ち溢れた表情で、ミアは何処か不安げな表情で見ていた。
 不安げなミアを安心付けるために口パクで「行ってくる」と言う。
 すると、ほんの少しだけ強張っていた表情が和らいだ気がした。
 人混みに紛れながら、ナギサはゆっくりと距離を詰めていく。
 急がない。視線も向けすぎない。ただ、流れの中に溶け込むように、一歩ずつ。

(変だな。ただ買い物をするだけなら、あんなにも警戒する必要なんてないのに)

 やはりおかしい。
 立ち止まっているように見えて、周囲の動線を読んでいる。
 視線は自然に散らしているのに、確実にミアと浬を捉えていた。

(ただのお客さんじゃないっ)

 感じていた違和感が確信に変わる。
 あと数歩。すぐ後ろに回り込める距離まで来たところで、ナギサは小さく息を吸った。

「すみません」

 ごく普通の呼び止めるような声で、あくまでも一般客を装う。

「店の場所を教えてほしいのですが」

 その一言が落ちた瞬間、辺りの空気が大きく変わった。
 背を向けていた男の肩が僅かに揺れる。
 その変化に気づいた次の瞬間には、振り返ることもなく足が動いていた。

「っ——……!」

 人の流れを裂くようにして、男は駆け出す。通行人にぶつかろうが足を止めることはない。

(やっぱり……!)

 考えるよりも先に、ナギサの身体も動いていた。
 向かいから流れてくる人を掻き分けながら、決して見失わないように男の後ろ姿を見据える。

「待てっ!」

 叫びは、簡単に雑踏に飲まれた。
 男は振り返らない。ただ一直線に、人混みの薄い方へと進んでいく。
 その先にあるのは、階を下るエスカレーター。

(速い……でも)

 見失うほどではない。むしろ、その動きは読みやすい。
 人の少ない通路へ、エスカレーターを避けて階段へ。最短距離で、外へ抜けようとしている。

(逃げ慣れてる)

 距離が少しずつ開くが、決して焦ることだけはしない。焦れば相手の思う壺。
 激しく揺れる視界の端で、進行方向を予測し続けた。

(次、右——)

 曲がり角を抜けると同時に、案の定、男の背中が視界に入る。
 足音が反響し始めた。すれ違う通行人からは奇異の目を向けられるが、そんなことはどうだっていい。
 ショッピングモールの賑やかな空気が、徐々に遠ざかっていく。
 気付いた頃には、人気の少ない通路。搬入口へと続く、関係者用のような空間へと入っていた。

「はぁ……っ」

 呼吸が少しずつ荒くなる。それでも、止まらない。
 男は迷いなく奥へ進み、重い扉を押し開けた。