ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 並んで歩く二人は、人混みの中でも自然と視線を引いていた。
 特別派手なことをしているわけではない。ただ、距離の取り方や歩幅、ふとした仕草が妙に“様になっている”。
 浬が何気なくミアの手を引いて人の流れを避ける。
 それに対して、ミアは文句を言いながらも、その手を振り払おうとはしない。

(……慣れてる)

 そう思った瞬間、胸の奥が少しだけざわついた。
 女慣れしていると言ってしまうと聞こえが悪い。呼吸をするように的確なサポートができるのだ。
 二人はそのまま、最初の店へと入っていく。
 ガラス張りのアパレルショップ。外からでも中の様子がよく見えた。
 ミアがラックに掛かった服を一着手に取り、軽く身体に当てる。浬は腕を組んだまま、それを眺めていた。

「それ、さっきのよりいいんじゃね?」

 口の動きで、なんとなく言葉が読める。
 ミアは少しだけ考える素振りを見せてから、もう一着別の服を取り出した。
 それも同じように当てると、小首を傾げて答えを求める。
 問われた浬が何かを言い、その答えに対してミアは眉を寄せた。
 服を持っていない方の手で浬の方を容赦なく引っ叩く。彼が何か余計なことを言ったのだろう。

(あ、痛そー)

 思わず小さく笑いそうになる。
 遣り取りの一つ一つが、妙に自然だ。偽装しているはずなのに、ぎこちなさがない。

(……ほんとに、ただの偽装なのか?)

 そんな疑問が、ふと頭を過る。
 店を出た二人は、そのままエスカレーターへ向かう。
 浬が先に乗り、振り返って手を差し出した。一瞬だけ躊躇ってから、ミアがその手を取る。

(まただ……)

 胸の奥が、少しだけ痛む。胸元を強く掴めば、その痛みは収まる。
 変わらず一定の距離を保ったまま、ナギサも別の列からエスカレーターに乗った。
 視線を逸らさないようにしつつ、それでいて気付かれないように。
 二階へ上がると、今度は雑貨店へと入っていった。
 店内は色とりどりの商品で溢れていて、見ているだけでも楽しい空間だ。
 ミアは明らかに興味を引かれている様子で、あちこちに視線を向けている。
 そんな彼女の後ろを、浬がゆったりとした歩調でついて行く。時折、何かを手に取っては見せ合い、短い遣り取りを交わしていた。
 笑って、軽く言い合って、また歩き出す。

(……いいな)

 ぽつりと、そんな感情が零れたが、すぐに首を振って打ち消す。

(何考えてるんだ、僕は)

 これは作戦だ。全部、計算の上の行動。
 そう分かっているのに、どうしても“本物”に見えてしまう。
 視線を逸らそうとした、その時だった。
 人の流れの中に、一瞬だけ“違和感”が混じった。

(……ん?)

 視界の端に、誰かが立ち止まっている。
 ただ立っているだけなのに、妙に浮いて見えた。

(あれ……何をしているんだ?)

 ナギサは足を止め、目を凝らしてその人影を見る。
 その人物は、買い物客のようでいて、何処か違った。
 視線が、真っ直ぐに二人に向けられている。

(……来たか?)

 間違いない。あれは、浬が流した嘘の情報に釣られて来た天城家の使者。