ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 そんな反応すら面白がるように、浬はケラケラと腹立たしい笑い声を上げた。
 咄嗟に割って入ろうとしたナギサだが、浬の背中に拒まれる。ここから先は二人だけの世界だとでも言いたげだった。

「んじゃあ、行こっか。お嬢さん」
「五月蝿い」

 絵本の中の王子様のように手を伸ばし、お姫様のようにその手を握る。
 王子様にはお姫様。御曹司には令嬢。やはり、立場というものに敵うことはないらしい。
 ここから先にナギサの出る幕はない。
 手を繋いで歩き出した二人から離れると、物陰に隠れて様子を窺った。

(……お似合いだなぁ)

 間違えてもミアに朔春が相応しいとは思わない。
 あんな傲慢で自分の利益のことしか考えていない男に嫁いで、ミアが幸せになどなれるはずがないのだ。
 けれど、浬ならばどうだろう。
 面と向かって迷いもなく可愛いと言う。巫山戯つつ自然に手を繋いでエスコートができる。
 悔しいが顔が良い。頭も良く、常に何かに気を回している。
 
「僕じゃ、敵わないなぁ……佐倉君には」

 白鷺家に執事として雇われることがなければ、佐倉家の御曹司としての浬を知ることもなかった。
 ただの同級生でいられたら、こんなにも虚しい想いはしなくて済んだのに。

 ───ピコン。

「ん?」

 握っていたスマホの通知が鳴り、反射的に画面を見る。
 浬からのメッセージだ。

『そっちはどんな感じ?』
『特に怪しい人はいない。しばらくは様子見かな』
『オーケー。俺達二階行くからはぐれんなよー』

 以前に浬から電話が掛かってきた日の後、いつの間にかメッセージアプリに浬の名前が登録されていた。
 電話番号とQRコードから連絡先を追加するアプリのため、浬が勝手に電話番号で追加したのだろう。
 相手は同じ大学の同級生であるはずなのに、弱みを握られている気がして居た堪れない。

(さて……一先ず二人を見失わないようにしないと)

 一定の距離を保ったまま、端から見れば年若いカップルにしか見えない二人を見る。
 演技なのか素なのか、口元に手を当てて笑うミアは見たことがない。

「何話してんだろ」

 この距離からは、二人の会話を聞き取ることは難しい。
 ただ、二人の反応を見ている限り随分と楽しそうだ。やっぱりお似合いである。
 偽装恋人などではなく、本当に二人が結婚したら朔春と結婚するよりも幸せになれるのかもしれない。