ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 微かな期待を滲ませた眼差しと鏡越しにばっちりと合ってしまった。
 それが引き金に、ゆっくりと開いた口からは言葉が零れ落ちる。

「似合ってると思う」

 一瞬、部屋の中の空気が固まった。
 鏡越しに映るミアの瞳が、ゆっくりとこちらへ向く。
 自分でも、何を言ったのか理解が追いつかない。
 言うつもりなんてなかった。ただ、目に映ったままをそのまま口にしただけで。
 けれど、その一言が、この場の空気を確かに変えてしまった。

「…………は?」
 
 ミアがゆっくりと振り返る。さっきよりも、明らかに顔が赤い。
 視線が合った瞬間、ナギサの心臓が跳ねた。
 取り繕おうにも上手い言葉が出てこない。
 口を開けば余計に変なことを言ってしまいそうで、喉の奥が引っ掛かる。
 ルナは「えっ、えっ」と小さく慌て、マアサは何も言わずに静かに様子を見ている。
 逃げ場はない。この場の視線が、全て自分に向いているのをはっきりと感じる。

「な、何よ急に……」
「ああ、えっと、その……ふ、服にも合ってるし、いつもと違って良いと言うか……いつもが悪いってわけでもないんすけど!」

 視線を逸らしながら言うしかない。真正面からなんて、とてもじゃないが無理だ。
 自分でも何を言ってるのか分からない。口調はぐちゃぐちゃで、言いたいことがまるでまとまっていない。

「ですよねっ! ルナもそう思います!」
「綺麗ですわ。これならお相手もきっと目を離せぬかと」

 今日のミアの服装は、いかにも“令嬢”というものではなかった。
 軽やかなブラウスに、動きやすいスカート。
 装飾は控えめで、どちらかと言えば街に溶け込むような装い。
 それでも、何処にいてもきっと分かる。そう思わせるだけの存在感があった。

「……当然でしょ。誰に言われなくても分かってるわ」

 そっぽを向きながらミアは言うけれど、耳まで赤いのは隠せていない。
 耳に着けた小さな宝石が填め込まれたイヤリングが揺れる。

「で、でもよかったです……! 最初はどうなるかと……」
「ルナ、後で練習しましょうね」
「は、はひぃ!」

 軽口が戻るけれど、その空気の中に、ほんの少しだけ張り詰めたものが混ざっている。
 今日の外出は、ただの買い物ではない。“全てを壊しかねない作戦”だ。
 誰かに見られるための、仕組まれた偽りの時間。そして、その時間の中にナギサはいない。