ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 ミアが屋敷を出たのが昼前、帰ってきたのは日が沈んだ直後であった。
 忍び込むように玄関の扉を開ける様子を目撃し、ナギサはそんな彼女を庇う様に庭へと移動する。

「……何処に行っていたんですか?」
「ちょ、ちょっと息抜きに?」
「なんで疑問形……。一人で出歩いたら危険だって、何処かに行く時は僕を連れて行ってくれないと」

 二人の間に落ちた沈黙の中、庭に吹く風の音が微かに通り過ぎていく。

「え……?」

 たっぷり数十秒経ってから聞こえたのは、呆気に取られたミアの素っ頓狂な声だった。
 向けられていた視線に困惑が滲み、徐々に頬が赤くなる。

「あれ、僕……今なんて………うわああ!」

 自分は今なんという爆弾発言をしたんだ?
 何処かに行く時は自分を連れて行け、なんて引っこ抜いたら付いて来るあのゲームみたいなことを自ら頼んだだと?
 大きくミアから距離を空け、後ろを向いて頭を抱えても羞恥心は消えない。
 自分で言った言葉と声が何度も頭の中で蘇るという屈辱が繰り返される。

「笘篠、笘篠って」
「す、すすすすすすみませんんんんん!!!! 僕はなんてことを!」
「うるっさいわね!」

 穴があったら今すぐにでも入りたい。人生で初めてだ、こんなにも恥ずかしくて消えてしまいたくなるのは。

「ねぇ、こっちを見なさい」
「いやいや! 無理です……」
「いいから、命令よ」
「そんな無茶苦茶な……」

 命令という言葉はなんて便利なものなのだろう。そんなことを言われてしまえば、仕えている側は従うしかない。
 顔を覆っていた手を離し、ゆっくりと振り返るとそこには───。

(……あ、可愛い………)

 
 何か良からぬ言葉が頭の中で浮かんだ気がして、再びミアから顔を逸らす。
 勢いの反動のせいか何なのか、心臓が五月蝿いくらいに暴れた。

「ちょっと、私の目を見て話しなさいよ」

 無理に決まっている。
 どれだけ色恋沙汰に疎かろうと、ゲームセンターで格ゲーをすることが生き甲斐だとしても、純粋な可愛いと思う気持ちを誤魔化すことなんてできない。
 むしろ疎くて不器用だからこそ、余計にそれが難しい。

「だから! なんで逸らすの!?」
「ああ! 僕仕事があったんだ! それじゃあ、失礼します!」
「笘篠っ! 待ちなさいって!」

 分からない。どうして自分は逃げ出したのか。
 どうして顔を見られないのか。見れたとしても耐えられなくて逸らしてしまうのか。

(くっそ……こんなの初めてだっ)

 芽生え始めた気持ちが花開く時、少しは素直になれているだろうか。