ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 だが、そんな世界でどう生きるのかなど、籠の中の鳥が分かるはずもない。

「ミア。覚えておけ」

 身体を震わせるミアの言葉には答えぬまま、朔春は席を立つ。
 くるりと背を向け、カフェの出口の方へ視線を向けた。

「その気になれば、あの執事を消すことができるからな」

 それだけを言い残し、瞬きの間に朔春はカフェを出て行った。
 残されたミアは出口から視線を落とし、すっかり覚めたコーヒーを見つめる。
 もう出て行ってしまったのに、いつまでも声が頭の中で響き渡っていた。

「……大丈夫?」
「別に、何ともないけれど。随分と心配性のようね」
「それだけツンケンできるなら大丈夫か」

 返送用の帽子とサングラスを外しながら近寄ってきた浬が向かいの席に座る。
 少し前まで朔春が座っていた場所であるはずなのに、あの息苦しさは感じられなかった。

「にしても、大したことは分かんなかったねぇ。分かったことと言えば、朔春にはミアちゃんに対する愛なんて微塵もないってことくらいか」
「あの人は愛を知らないのよ。知らないから、分からないの」

 誰が彼をあんなにも寂しい人間にしてしまったのか。
 自分には関係のないことだと思っていながらも、窓に映る顔が歪んでいることにミアは気付かないフリをした。

「増々あの人のことが分からなくなったよ」
「あら、いきなり弱腰になるじゃない。佐倉家は何を司っているんだっけ?」
「あーあー。心配して損したー! やっぱりあの見合いは断るべきだったなぁ」

 両耳を手で覆って立ち上がる浬をミアは呼び止める。

「私は別に貴方との関係を切ってもいいわよ? でも、私と縁が切れたら貴方の企みはどうなるかしらね?」

 さっきまでの巫山戯た空気は消え去り、振り返った浬の表情に影が掛かる。
 首筋に氷でも当てられたかのような冷や汗が流れた。
 
「ミアちゃんって……結構性格悪いね」
「お互い様でしょう? 腹黒くないと、私達が生きる世界では生きられないわ」
「それもそうだ」
「なら、協力お願いね」

 微笑んで手を振ってみせれば、引き攣った表情を伏せて浬はカフェを出た。
 耳に付けていた通信機を外して、椅子の背もたれに深くもたれ掛かる。
 いつまでこんなことが続けられるのか、不安が次から次へと押し寄せてきて。

「ごめんなさい……ナギサ」

 己の企みなど何一つ抱いておらず、たった一言で付いて来てくれるのは、彼一人なのだろう。