ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 否、すでに気付かれていたとしたら。その上泳がされていたら。

(この人なら有り得るわね……)

 相手の弱みを握り、弄び、最後には捨てる。それが朔春、天城家のやり方。

「情を持ったか」

 徐ろに額を押さえた朔春の口からは、低い呆れが溢れ出した。
 身体の奥深くに重く伸し掛かる声。有無を言わせぬ圧力が重い。

「お前がどう思おうが、どう動こうが、結果は変わらないということだ」
「……なら、試してみる価値はあるわね」

 あえて間を置いて、ゆっくりと言葉を落とす。その声音には、先ほどまでの探るような響きはない。
 代わりに滲んでいるのは、確信にも似た強い意志だった。
 ミアは視線を逸らさない。
 逃げる素振りも、揺らぐ気配も見せずに、真正面から朔春を見据える。
 “壊す側”の人間の目。
 対する朔春は、そんな視線を受けてもなお動じない。
 だが、ほんの僅かに、興味を示したように視線が細まった。
 値踏みするような沈黙。互いに、相手の出方を測っている。

「何をするつもりだ」

 低く落ちたその一言は、問いというよりも確認に近かった。

「さあ? 貴方みたいに理屈で動く人には理解できないでしょうね」

 渾身の煽りは朔春の中にある蝋燭に火を付ける。
 この流れは、事前に浬と考えていた話から掛け離れている。作戦など、今やどうでもいい。

「変わっちまったか。ミア」
「貴方が何も知らなさ過ぎるのが悪いのではなくって?」
「いいや。前のお前はもっと冷徹で人形のようだった」

 それが……。と、朔春は言葉を続けようと口を開いた。
 けれど、続く言葉が中々出てこない。何が変わってしまったのかは分かるのに、どうして変わってしまったのかが分からない。そんな反応だ。

「……ああ、そうか。お前が変わったのは、あの執事が来てからか」

 ふと、何かに気付いたように朔春は呟く。確信を得た者の声音だった。

「ナギサに何の関係があるの」
「世間知らずで場違い。日本の中でも指折りの名家である白鷺家ともあろう家が素人の執事を雇う。これが問題でないと言わずしてなんと言う」
「……ナギサを………侮辱しないで」

 震えを抑え込むように、爪が掌に食い込むくらい強く握る。
 この震えの正体が怒りであればいいが、恐怖であれば終わってしまう。
 朔春のような人間を相手にする時は、怯えていることを悟られてはならない。いわば、猛獣が住まう自然界に放り出されたようなもの。