ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

 まず、何のためにここに朔春を呼び出したのか。
 それは浬に天城家の情報を握らせるため。効率と理屈で動く朔春は、用意周到に天城家の情報を守っている。
 世界中の情報を管理する佐倉家の御曹司である浬ですら、未だ掴めていない情報は多い。
 そこで、ミアにしか聞き出せない情報があるのではないかと予想した浬が、この面会を用意したのだ。

『ミアちゃん、まずは朔春の人柄を暴いていって。内容によっては悪役にすらなり得るからさ』

 耳に引っ掛かった髪を払う仕草で誤魔化しながら、通信機から聞こえてくる浬の声に耳を傾ける。
 朔春という男をとことん悪役へと陥れることができたら、この政略結婚を破壊する糸口が近づいてくるというのが浬の参断。
 ミアにとっては、朔春を拒絶し縁を切るための理由を探すためでもあった。

「貴方は自分以外の人間を人間として見ていない」
「自分以外は皆他人だ。一々他人を気にして何になる」
「人間は一人では生きていけない。どれだけ完璧な貴方でも、絶対にね」
「非効率的な考え方だ」

 深く吐いた溜息が空気に溶けて消え、再びジャズが聞こえてくる。
 
「その考え方が、俺達の結婚に必要だと言うつもりじゃないよな」
「何を言っているの。そうだって言ってんのよ」

 激しい舌打ちの音がカフェ中に響き渡った。
 近くの席に座って一つのパフェを分け合っていたカップルが、怯えた様子で見てくる。
 そんな視線すら意にも返さず、朔春はミアを睨め続けた。

「白鷺と天城の結びつきは、既に決定事項だ。お前の意思で覆る段階は過ぎている」
「だから?」
 
 それは貴方も同じ。
 どちらも親に逆らうことはできない。どれだけ聡明であろうと、両家の安寧のためとあらば従うしかないのだ。
 それは朔春とて痛いほど理解していること。

「それでも、私は従うつもりなんてない」
「なんだと?」
「聞こえなかったかしら? 貴方と結婚するつもりなんてないって言っているの」

 もう一度聞こえた舌打ちは、響くこともなく消えた。
 いつの間にかあのカップルがいなくなっている。彼らだけでなく、他の客という客がカフェを出ていた。
 
『ちょちょ、ミアちゃん。これ以上はまずいって!』

 他の客に紛れていたのに、その客がいなくなれば浬の存在は目立つ。
 朔春はそこへ視線を向けることはしないが、彼なのだから気付いていないはずがない。
 これ以上は企みという企みが露呈してしまう。